仕返しの仕返し

□minho side
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今日の最後のスケジュール、ラジオの収録を無事に終えた。
すっかり夜は更けている。
ーーどうにも、彼の機嫌は想像以上に悪いようだ。
いつもならヒョンたちに続いてニコニコと丁寧に挨拶をして出て行くはずなのに、今日に限っては誰よりも先にスタジオを出てしまった。
帰りの車の中でも、帽子を目深く被り……

…原因は、やはりあれだろう。
ちょっといじわるしすぎたかな。
少しの後悔。
いやでも、と先日を振り返る。
久々に二人で過ごそうと約束していた夜。
彼は親友に呼び出されてでかけたまま、朝まで帰ってこなかった。
一言、今日帰れなくなった、ごめんとメールを寄越しただけで。
親友。
早くから芸能界にいる彼にとって、それはメンバー以外で唯一心許せる存在だろう。
そこでしかできない話もあるはずだ。
だから、何も言えなかった。
彼の心が安らぐ数少ない領域を、奪いたくはなかった。
それなのに翌朝、彼は何事もなかったかのように帰ってきて「ただいま」とだけ言った。
ヒョンごめんねって擦り寄ってきたら、どうお仕置きしてやろうか。
そう考えていただけに、何も言えなかった。
なんだか自分だけが悶々としていたのかと思うと、いたたまれなくて。
君は俺のもの?
だけど俺だけがこんなにも君に夢中で。

…我ながら子供じみているとは思う。
でも少しくらいは仕返ししてやろうと思ったわけで。
だから、誕生日なんて覚えてないなんて、何食わぬ顔で嘘をついてみた。
あの時の彼の顔は…
心底理解できない、と言いたげだった。
口を尖らせて、精一杯僕に目で訴えていた。
俺はその拗ねた顔に満足して、さて収録が終わったらどんな風に抗議してくるかな、そしてその後にやってくるであろう甘い夜のことを考えていた。
だからこれは予想外の展開だった。
さて、どうしたものか…。

宿舎に着いても、彼は無言のまま部屋へ入っていった。
声をかけるタイミングを逃したまま仕方なく
自室に向かうと、同室であるキーが入れ替わりで部屋から出てくるところだった。
帰ってきた途端また出かけるようだ。
「どこ行くの?」
そこまで興味もないけれど、とりあえず聞く。
「友達と会ってくる」
言葉少なに言うとキーはすれ違いざま…ふと立ち止まった。
「…あれ、なんとかしなよ」
そう呆れた声で言って、向こう側にあるドアへ目配せする。
”あれ”とは。
言われなくてもわかっている。
黙ってキーを見返すと、やれやれと言った表情でそのまま足早に立ち去っていった。
相変わらず忙しいやつだ。
でも、こうゆうことにかけてはやけに鋭い。
ーー言われなくても。
もう一度頭の中で反芻しながら、上着を脱ぎ捨ててベッドに横になると、ぼんやり天井を見つめる。
彼が恋しい。
もう何日触れてないだろう。
けれどこの焦燥感もやはり俺だけなんだろうか。
だとすれば今の俺は、君にとって…

コン。
ぎゅっと目を瞑ったとき、かすかにドアが鳴った。
それと同時に誰かがするりと部屋に入ってきた。
「…テミナ?」
体を起こしてみると、そこには彼…テミナが立っていた。
じっとこちらを見つめているが、その顔から感情は読み取れない。
黙ってこちらへ歩いてくると、ベッドに腰掛けた俺の目の前で立ち止まる。
何か、言わないと。
「テミナ、さっきは…」
「ミノヒョン」
咄嗟に言いかけた俺を遮って、やっとテミナが静かに口を開いた。
「さっきのラジオのこと…僕への仕返しなの?」
「あれは…テミナがこの間…」
責め立てるように言われたわけでもないのに、こちらが言葉に詰まってしまう。
「やっぱりね…」
そう呟くと、おもむろにテミナの手が俺のシャツの胸元へのびた。
「テミナ…?」
そのままゆっくりとベッドに膝を立てる。
ぎし…と静かな部屋にスプリングの軋む音が響いた。
「僕だって」
言いながら肩を押されて、ベッドに背がついた。
「僕だってヒョンと過ごしたかった」
「え…」
今俺は、彼に見下ろされている。
顔の横に手をついたテミナが、じっと俺を見据えている。
「ヒョンには、わからないんだね」
華奢な指がシャツのボタンを一つずつ外していく。
「なにやって…」
制した手をやんわり押し返される。
「今日のこと、許さないから」
ひんやりした手が胸に触れて、思わず息が漏れた。
「…っ、テミナ…っ」
押し付けるようなキスが降ってくる。
こちらが何か言う隙を与えないとでも言うように、徐々に深くなっていく。
一体なんだっていうんだ。
性急に求めてくる唇に、混乱と共にくらくらと目眩がする。
「……!」
テミナの手がズボンへ伸びた。
「おまえ何を…」
「何って…」
クスッと笑う声がする。
目を開けると、小悪魔じみたあの笑顔があった。紫がかった髪がサラリと顔に落ちる。
「いつもヒョンが僕にしてること」
「……っ」
「ヒョン、声出して」
「…や、め…っ」
「果てるまで許さないよ」
耳元で囁いて、テミナはその手の動きを早めていく。
…もう、限界だ。
ただでさえずっと我慢していたんだから。
よりによって、触れたくて触れたくて仕方なかったその手で……


「どうだった?」
さっきとは打って変わったカラッとした声でテミナが聞いてくる。
俺は上がった息を整えながら、頭を整理する。
「どうって……」
どうして俺にこんなことを?
俺がテミナを怒らなかったから?
誕生日のこと嘘をついたから?
…それにしても。
「…テミナ」
「うわ!?」
起き上がった反動のまま、今度は俺がテミナを押し倒した。
さっきまで俺を見下ろしていた瞳が、俺の腕の間で揺れている。
「…怒ったの?」
テミナが探るように言う。
「もうとっくに怒ってる」
「…え」
「俺はテミナにずっとこうしたくて…あの日も…なのに平気な顔して帰ってきただろ?
いつもそうだ。俺ばかり求めてばかりで…俺だけがテミナを好きなのか…?」
俺を見上げたままの澄んだ目が大きく開かれる。
「…ミノヒョン」
呟くように言って、その手がゆっくり俺の頬に触れた。
「ヒョン、僕たちお互い様だよ」
「え…」
「僕だってずっとこうして触れたかった。せっかくの夜だったのに…」
思いもがけない言葉に、一瞬思考が止まる。
「でもヒョン、僕が友達といる時はいつも何にも言ってこないから。ヒョンは別に僕がいなくても平気なんだなと思って…この間も…怒るかと思ったのに…」
「テミナ…」
「…だから、お互い様でしょ?」
「……………」
お互い様だって…?
一気に脱力した。
あんなに気を揉んだのはなんだったんだろう。
思わずうなだれた俺の頭に、テミナの声がおちてくる。
「僕の誕生日は?」
見上げると、少年のようないたずらな瞳がまっすぐ俺を見つめていた。
それは出会った頃から変わらない。
「…7月18日」
観念して答える。
あぁ、これだ。
俺はやっぱり君に勝てそうにない。
「ごめんね、無理やりにして」
「いや……」
もうそんなことどうでもいい。
俺はテミナを力いっぱい抱きすくめた。
「重いし痛い…」
「今日はお仕置きだから」
「どうして?お互い様なのに?」
「いいから黙って」
「んっ…」
口を塞いで、深く深く、さっきされたよりももっと深く激しく。
だけど極上に愛おしさを込めた手つきで、その体を溶かしていく。
「ま、待ってヒョン…あっ…」
「待つわけない」
途端にしおらしくなった白い肌に、熱が灯っていく。
こんなくだらない遠回りをして、もっと君が欲しくなって、愛おしくなって。
いつだって余裕なんてない。
あと何回君を求めればいい?
あと何回君に振り回されればいい?
きっと、ずっと終わらない。

汗ばむ肌を重ねながら、テミナがぽつりと呟く。
「ヒョン、好き…」
熱に浮かされたように俺を呼ぶ声。
俺をまっすぐ見つめる瞳。
誰にも見せることのない顔。
ーーやっぱり、君には永遠に勝てそうにない。
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