君の見る景色

□Act.3-3 悲嘆
1ページ/1ページ

先ほど声をかけてきたミノヒョンの友達の彼について、僕は街を歩いた。

お父さんのあの忠告は、すっかりと頭から抜けていた。
だって、彼がとても人懐こく笑う人だったから。
ミノヒョンの友達だから。
僕にも働くことができると、できることがあると言ってくれたから。


しばらく歩くと、古い事務所のような建物についた。
「…ここ?」
「うん、僕らの隠れ家みたいなところなんだ。ここで詳しく仕事の話をするよ」
僕は彼についてその建物へ足を踏み入れた。

ドアを開けると、彼と同じくらいの歳の男性が数人。
「あぁ、君がテミンくんだね。噂には聞いていたけど、本当にきれいだね」
彼らはにこやかな笑顔を僕に向ける。
…また、だ。
彼らの言う「きれい」は、一段と何も感じない。
なぜだろう。
不思議だったけれど、理由はよくわからなかった。
「仕事を、紹介してくれると聞いて…」
「あぁ、仕事ね。君なら誰だって大歓迎してくれると思うよ」
一人がそう答えた。
「…本当?僕、お金をもらいたい」
「そんなに必要なの?」
「うん!ヒョンの役に立ちたいから…」
「…そっか」
彼らは僕のその言葉を聞いて、顔を見合わせた。
「…君はヒョンが、そんなに大事?」
背後から、僕を連れてきた彼が言った。
「うん!僕にはヒョンしかいないから」
真っ直ぐに答えた僕の手を、ふいに掴まれる。
「ねぇ?君のヒョンは、本当に君のこと必要なのかな?」
「…え」
「君はヒョンのこと、どれくらい知ってるの?」
「……」
ミノヒョンが優しいこと。すごく明るく笑うこと。正直なこと。僕を大事にしてくれること。実は結構照れ屋なこと。すぐ調子に乗ること。寝相が悪いこと。
こんなに知ってる。

…でも。
「例えば、ミノの家族のこととか?」
…知らない。
「ミノの、小さい頃のこととか?」
…知らない。
何も、知らない。
ミノヒョンが、教えてくれないこと。
「ほら、やっぱり知らないんだね」
彼がさっきと同じ人懐こい声で笑う。
さっきと同じなのに、纏う空気が変わった気がして僕は胸がざわついた。
「どう、して…」
「君の大事なミノヒョンは、君に隠し事だらけだね」
掴まれた手に力がこもった。
「痛っ…」
痛い。
痛いという感覚を、僕はあまり知らなかった。
ミノヒョンが、僕をとても大事にしてくれたから。
それなのに、どうして彼は痛いことをするんだろう。
「どうしたの…?なんで…?」
「僕ね、君のことが欲しいんだ」
「…?」
「隠し事だらけのミノより、大事にしてあげられると思うんだ」
思わず振り返って彼の顔を見た瞬間、僕は言いようのない感情を覚えた。
彼の目は、先程のようには笑っていなかった。
さっき僕が心を許した彼とは、まるで違っていて、咄嗟にここにいちゃいけないと思った。
「…僕、帰ります」
「だめだよ」
「?!」
さっきまでにこやかに僕を見ていた数人が、背後から僕を床に押さえつけた。
「…騙してごめんね。こうでもしないと来てもらえないと思ってさ」
「何、を…。離して…っ」
「ねぇ、僕のものになってよ」
「…っ、僕は仕事を…」
「仕事…?あはははっ!そうだね、君の見た目なら、体を使えばあっという間にお金はもらえるよ」
「な…僕はただ普通に働きたくて…」
「…君みたいなアンドロイドに、何ができるの?」
「…!」
彼は僕がヒトじゃないと知っていたのか。
「こんなきれいな人間、普通はいないよ。僕の理想なんだ君は。
僕と一緒にいれば、寂しい思いもさせないよ」
…この人は何を言っているんだろう。
僕は寂しくなんてない。
ミノヒョンといられればそれでいいのに。
僕はただ、ミノヒョンに笑っていて欲しいだけなのに。

「だから僕のものになってよ」
そう言って、僕の上に跨った彼の湿った手がシャツへとのびた。
ミノヒョンとは全然違う手だ。
こんな手いらない。
ミノヒョンの手がいい。
そう思うのに、数人がかりで押さえつけられていて抵抗すらできなかった。
「…きれいだね。僕のアンドロイド。ずっとミノが羨ましかったんだ」
「君はヒョンの友達じゃなかったの…?」
「…友達?くくっ…あんなやつ友達じゃないよ」
「……」
どうして。
どうして。
シャツのボタンが外されて、露わになった素肌に、満足そうな彼の顔が落ちてきた。
ヒョン…ヒョン助けて。
声をはりあげようとした、けれど。


…僕は人間じゃないから、働くこともできないの?
アンドロイドの僕は、ミノヒョンを喜ばせることもできないの?
さっき彼に言われた言葉がぐるぐると頭の中で反芻する。
ねぇお父さん。
僕はやっぱりヒトじゃないから、不完全なの?
だったら僕は、何のために作られたの?
僕は、僕であることがわからない。
ミノヒョンのそばに、いる意味がもうわからない。


…だったら、僕は存在している意味がない。





次の章へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ