君の見る景色

□Act.2-3 懇請
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「お父さん、こんにちは」
「やぁテミン。よく来たね」
研究室のドアの向こうからブルーグレーの髪を揺らして、テミンが僕に笑いかけた。
とても美しい僕のアンドロイド。


テミンは時々、メンテナンスを兼ねて僕の研究室にやってくる。
二人で暮らすことにしたと聞いて僕は大いに賛成した。
むしろ、最初からそうなるだろうと思っていたから。

最近のテミンはとても人間らしくなった。
人間らしくなって、どことなくミノと仕草や喋り方が似てきたようだ。
まるで本当の兄弟のようだと思う。
初めこそ、感情表現そのものがわからず意思疎通が難しいようだったけれど、無理もないだろう。
ヒトであるということ、当たり前にヒトとして生きていくという上での本能やあらゆる記憶、理屈は彼の中にあるけれど、ただそれだけだったのだ。


「…お父さん、僕お腹すいた」
機械に腕を繋がれて大人しく座っていたテミンが、物欲しそうに僕を見る。
お腹が空く。
立派な人間の本能だ。
…ただ少し、テミンの食欲は旺盛すぎるな。
僕はそんな風に作ったつもりはないのに。
思わず笑みがこぼれる。
「食べてないの?」
「ううん、さっき隣のおばさんからお菓子もらって食べた…」
「……」

今後のことを考えて、なるべく目立たずに生活するようにと僕は言ったはずだけど。
テミンのこの見た目だ。
無邪気な彼は、瞬く間に近所のおばさんたちの人気者になったらしい。
歩くだけで色んなものをもらってきて困ると、先日ミノが愚痴をこぼしていた。

「君のスキャンが終わったら何か食べ物をもってくるよ」
「うん!ありがとうお父さん」
テミンがにっこりと笑う。
最近、とても自然に笑うようになった。
どうやら二人の間に何かあったらしい。
テミンが何か僕に話そうとしたのを、慌ててミノが止めていた。
でも理由はなんでもよかった。
ミノが楽しそうにしているから。
二人とも穏やかで、幸せそうだ。
美しく純粋で、穢れなど何一つない二人。


「お父さん、初めてって嬉しいね」
テミンが目を細めて話しかける。
このところ随分口数も増えたようだ。
「初めて?」
「僕は…ヒトから作られたものでしょう?だから全部、ヒトの過去をもらってできてる。
ヒトの生きてきた記憶、日々変化する細胞や作られる血液…」
「うん、そうだね」
「だけど…そんな僕でもヒトの…ミノヒョンの、初めてになれることがあったよ」
「…そうか」

美しく完璧な存在、テミン。
全てを持っているテミン。
それでもそんなささやかなことが嬉しいと言う。


彼を作ってよかったと、心から思う。
もう時間がない。
それでもミノ、君に少しでも何かを残せたようだ。
僕のことを忘れてもいい。
ただ、テミンと二人これからも僕のいない世界で生きていて。

じっと椅子に佇むよくできた僕のアンドロイドを見つめながら、もうあまり自由のきかない手に力を込めて、そう祈った。
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