君の見る景色

□Act.1-1 覚醒
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僕が目を覚ました時に見えた景色。
それは、無機質な白い壁に、無数の機械、そしてその機械から伸びる管に繋がれた自分の腕。
振り返った白衣を着た男性。
「目が覚めたみたいだね」
僕を見て目を細めると、優しい声でそう言った。
「…オンユ、博士」
僕はその人の名前を知っていた。
何故だかはわからない。
だけど、知っていた。
「これからはお父さんと呼びなさい」
「…はい、お父さん」
「良い子だね」
僕の頭を撫でる手つき。
とても心地いい。
頭が真っ白で何も思い出せないのに、初めから全てを知っているような、不思議な感覚だ。
僕は、僕の名前は。
「動けるかい、テミン」
「…テミン」
そう、僕の名はテミン。
博士…お父さんが名付けてくれた、僕の名前。
「はい、お父さん」
僕は固い椅子から静かに立ち上がった。
「これから、君はここで生きるんだよ。僕たちと同じようにね」
ここで。僕たちと同じように。
「はい」
満足そうに微笑むお父さん。
この人の笑顔は、なんだか見ていると安心するな。
僕は嬉しくて、お父さんの真似をして笑ってみた。
嬉しい。
嬉しいときは、笑う。
「…良い子だね」
お父さんは、もう一度優しく頭を撫でてくれた。


その時、部屋の外から賑やかな足音が耳に飛び込んできた。
「博士ー!!」
勢いよく扉を開けて中に入ってきたのは、柔らかい栗色の髪をした、背の高い青年だった。
ーーきれい。
頭の中に飛び込んできた言葉。
ただ初めて見る彼は、きれいだと思った。
「全く君は…もう少し静かに入ってはこられないものかな?」
「すいません、完成したって聞いて嬉しくて!」
そこで彼が初めて、僕を見た。
「…テミン?」
僕を視界に入れた途端、びっくりしたように目を見開いて、惚けたように彼は呟いた。
「……きれい」
今さっき僕の頭に浮かんだ言葉を、彼も口にした。
僕が?きれい?
すぐ横の壁にあった鏡を見る。
ブルーグレーの髪が、目元までかかっている。
瞳は、髪と同じグレーがかった黒。
真っ白なシャツから無造作に手足が覗いていた。
…これが僕。

僕は、お父さんが作ったアンドロイドだ。
天才と名高いオンユ博士の最高傑作。
アンドロイドと言っても、中に機械が入っているわけじゃない。
人間の細胞、組織や遺伝子を培養して作られた、限りなく人間と似たもの。


彼はハッと我に返ると、犬みたいな人なつこい笑顔で僕に歩み寄った。
「とってもきれいだね、テミン。今日からよろしく」
「…ミンホ」
「ミノでいいよ。あ、きっと僕の方が年上だから…ヒョンて呼んでもいいよ」
「ミノ、ヒョン?」
「…うん!」
彼の名前も初めから知っていた。
当たり前のように頭の中に浮かぶ。
ただ、それだけがふわりと。
とても不思議な感覚だった。

「さぁ、早速僕がこの世界のことを教えてあげるよ。おいで」
出された手をそっと掴む。
ーー暖かい。
初めてリアルに感じるヒトの温度。
その手にひかれて、僕は研究室の外へと一歩踏み出した。
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