◆小説◆

□《敗北の記憶》
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プロと見破られてはならない、というのは店に対してだけでなく、一般客、常連客、そして他のプロに対しても言える。

1店に対してプロはなるべく少ない方が良い。
ただでさえ数少ない良釘台を取り合う羽目になるからだ。

プロはプロを見分けることが出来る。
視線、動線、打ち方、振舞い、立ち回りが一般客とはまるで違うからだ。


プロと言っても様々な種類形態がある。

一番多いのが集団プロ、開店プロと呼ばれるノリ打ち軍団だ。
いわゆるチンピラである。
彼らは釘読みが出来ない。
だから新台入替や高設定イベントの時にシマ占拠程の人数で押し掛け、儲けを折半する。
折半と言っても実際は元締めが大半を持っていく。
実力の無い者はこの集団に属すると楽だが旨味は全く無い。

次はジグマ。
ホームの店を決め、店の癖を毎日追いかける。
楽だがデメリットが多い。
店にバレバレのため既にたいした釘でもないのに縄張り意識が強いため他店に移ることも出来ず生殺しにされ、立ち回り技術の向上は不可能。

次が用心棒。
いわゆる893だ。
勝手に用心棒を名乗り、店に居座る。
店が雇っているワケではない。
その土地の縄張りで必ず存在する。

他に潜確プロや誌上プロなど低辺の層が諸々。

私は何かと言うと、釘を読みボーダー理論で立ち回る「平打ち」と呼ばれるプロである。
一番堅実で地味なタイプだ。
釘読みが出来るため、縄張り意識も無く日本中どの店へ行っても通用する。
よって、最強だ。
元からその店に居座っているプロからすると非常に迷惑な存在となる。



私を見ているガラの悪い男……。
それはこの店の用心棒だった。

私は女であるため、プロと見破られるのにかなり時間的猶予がある。
女一人のプロは全国的にも稀だからだ。
女の場合まず周囲に必ず男の影がある。
男がプロで、女に打たせているという形が普通だ。
その男が何者なのか。
どこの組の者なのか。
それを把握しないことには、いくら私のことを怪しいと睨んでも手が出せない。
それが893である用心棒のもどかしいところだ。
しかし私はピン。
こんな時のために防犯の意味でたまに店の外で電話をかけるフリをしている。
仲間の存在を匂わせるためだ。
しかし実際は仲間などいないから調べたくとも不可能。

その男はずっと私を監視している。
しかし私は決してソイツと目を合わせない。
状況は盤面のガラスに反射させて把握する。
私が何者か判らず不気味に思っているだろう。
用心棒は放っておいても問題なさそうだ。
いつまでも悩んでいるがいい。



「あの……!」
閉店近くになり店を出た時、若が走ってきた。

若は遠慮がちにこう言った。
「実は今日店閉めた後ウチの連中と呑みに行くんですが、あの、良かったらあなたも是非一緒に……」

これには面喰らった。

二人で呑みに行きましょうではなく、店員達との飲み会に誘う……だと?
アットホームにも程があるだろう。

さっきまでの緊張感が一気に抜けてしまった。
なんとまぁ可愛らしい誘い方なんだろう。

私は不覚にも吹き出して笑ってしまった。

若はそれを見て、
「ああ、やっとあなたの笑顔が見れた」
と微笑んだ。


私が何者なのか、若は疑いもしていない。
正体を知ったらいったいどう思うのだろうか。

そんな真っ直ぐな目で私を見てはいけない……。


私は申し出を丁寧に断り、誘ってくれたことに礼を言った。
「そうですか……じゃ、次の機会にまた是非」
若は判りやすくガッカリしていた。




潮時だ。
もうこの店に来ることは二度と無い。
近付くことも無い。



若……、アンタはたいした男だよ。
釘を渋くすることも無く、客を減らすことも無く、プロを一人追い出すことに成功したのだから……。



帰り道、なぜか涙が溢れてきた。
店との戦いに敗れたことがよほど悔しかったのだろうか。
それとも……。






おしまい



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