◆小説◆

□《敗北の記憶》
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都内N区A店……。

忘れたくとも忘れられない。
ここは過去私が唯一負けを認めた店だからだ。



「いらっしゃいませ」
開店前から並んでいた客達がゾロゾロと雪崩れ込む。

ここA店はチェーン店ではなく、昔ながらの家族経営でこじんまりとした昭和な店だ。
アットホームな雰囲気が気に入っている。
釘にメリハリがあり、毎日変えている優良店だ。
今日も私は素早く釘読みをし、本日一番の釘の台を打っている。

この店には土日祝日しか来ない。
他の曜日は他店へ行く。
優良店なんだから毎日行けば稼げるのに?
普通の人はそう思うかもしれない。

しかし、毎日毎日釘の良い台を打っていたらどうなるか。
すぐにプロだとバレてしまう。
店は対策を取る。
対策を取るとは、釘を渋くするということだ。
釘を渋くされたら打つ台が無くなる。
するともうこの店には来れない。
店はプロを追い出すことに成功。

つまり、この店を優良店のまま維持させるためには、店にプロだと見抜かれてはならないわけである。
来店する曜日を決めておけば、その曜日が仕事休みの一般人としか思われない。

パチンコ店は当然「プロお断り」である。
プロと見破られないこと。
それはプロとして最低限の技なのだ。
だからよくパチンコ雑誌や番組で顔出しをしている奴がいるが、論外である。
あんなのはプロでも何でもない。
身ひとつで稼げないから原稿料や出演料で食い繋ぐしか出来ない低レベルな連中なのである。


ある日、店長から客全体にお知らせがあった。
息子に店を譲ると言うのだ。

紹介された息子はまだ若く、爽やかな好青年だ。
常連客達に拍手で迎えられ、「若」と呼ばれていた。

ふーん。
あの「若」はこの店を優良店のまま維持することが出来るだろうか。
お手並み拝見といくか……。


「お見事!」
数日後、私はいきなり若に背後から話し掛けられた。
「それが本日一番の釘です!」
私はギクリとした。
「また見破られちゃいましたね」
なぜか若は嬉しそうだ。
だが、そういう事は大っぴらに言わないでほしい。

若は更に耳打ちしてきた。
「その釘、僕が叩いたんです」
とんでもない情報を平気でバラす。
コイツ一体どういうつもりだ。
私は冷や汗が流れたが、表面上冷静さを保ち、無関心を装った。

まさかプロだとバレた?
いや、私は土日祝しか来ていないし、なんと言っても女である。
女というのは最大のカムフラージュだ。
更にピン(一人)である。
服装にも気を遣い、女子大生かOLにしか見えない筈だ。
きっと大丈夫だ。
もうしばらく様子を見よう。


次の日から、朝入場する時にワクワクした表情で私を見る若の姿があった。
台を選び、座ると満足気な笑顔で頷く若。

どうやら、その日一番の釘を私が見付けることが出来るかどうか、楽しみにしているようだ。

偶然か意図したものか判らないが、若は優良店の極意に気付いたのかもしれない。

優良店の極意とは……。

優良店は良い釘の台を置かねばならない。
しかしそうするとプロがやって来る。
プロを追い出すには釘を絞らねばならない。
しかしそうすると常連客まで去ってしまう。
パチンコ屋は常にこのジレンマに陥る。

そこで一番の正解は何か。
それは、プロを上手に利用することである。
プロに見せ台になってもらうのだ。
プロに一人二人出されたところで、それを上回る売上があれば充分ペイ出来る。
プロとの共存。
これが優良店の極意だ。
しかし、判っていてもそれを実行出来る店は稀である。


「常連になってくれませんか」
若はいつも直球だ。
勿論私も土日祝だけの常連になるつもりでいた。
しかし店が直接お願いしてくるのは珍しい。
どうやらプロとは気付いていないようでホッとした。
良い台に女性が座り、気分良く出してくれれば客も増える。
全てがウィンウィンの関係だ。

しかし私は店側と仲良くするのは嫌いだ。
いくらウィンウィンとはいえ、店とプロは本来敵対関係にある。
考えてもみてほしい。
店側と仲良くしている客がいつも出していたら、他の客が妬み雰囲気が悪くなるだろう。
お互い目を合わせず会話せず、釘だけで意志疎通出来る……それが店とプロの一番理想的な関係なのだ。

だから私は若に話し掛けられても、いつも極力無愛想に振る舞う。
しかし若は全く気にせず、毎回満面の笑みで接してくるのだ。

やりにくいなァ……と思っている矢先だった。

ある日、若が神妙な顔をしてこう言った。
「ガラの悪い男があなたを見ています。気を付けて下さい」



ガラの悪い男が私を見ている。
誰のことを言っているのかすぐに判った。

この店には私の他にもう一人プロがいるのだ……。




つづく
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