神授国騒動記
□7話
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思わず声をかけようかと思ったが止めた。
聞き取れはしないが何やら話しているようだったからだ。
自分と同じような行動をしているその人物にクロウは3度苦笑した。
やがて話し声が止み、それと同時にその人物とクロウの距離も近づいていた。
声をかけるには絶好の間合いでクロウが声をかけようとした時、振り返ったその人物がクロウの顔を見て驚きに変わった。
クロウもその人物の顔を見て足を止め、驚いた表情をした。
「クロウ殿・・!?」
「ユラ嬢・・・!?」
意外な人物との鉢合わせにクロウは驚きで暫し立ち止まったままだった。
一方のユラもまさか鉢合うとは思っていなかったのか彼女にしては珍しく呆然としていた。
しかしさすがは「水面の月」指揮官。
すぐに平静を取り戻すと常時と変わらない態度でクロウに対した。
「おはようございます。クロウ殿。こちらには参拝に?」
「えっ・・?ああ、まあ」
声をかけられた事で我に返ったクロウだが、まだ消えない驚きのせいで相槌のような返事しか返せない。
「そうですか」
「って、いうか。何でユラ嬢が、ここに?」
漸く出た言葉は率直な疑問だった。
ここは王都の人間だって滅多にやってこない場所だ。
ましてやユラはアイリシアの人間。
マナの護衛や何らかの調査ならともかく、ここに繰るような理由が彼女にあるとは思えない。
無論、ここにマナもいなければ調査するような事も何もないはずである。
だから彼女がここにいるのは明らかにおかしい。
クロウが疑問に思って当然の事なのだが、彼女は何も答えず、ただにっこりと微笑むだけだった。
その微笑みは明らかに黒い。
ぞっと背筋に悪寒を走らせたクロウは「聞くな」と無言で言われている事に気づいた。
勿論、そうまでされて聞くほど命知らずなクロウなはずもなく、聞き出すことは断念した。
「では、私は用が済みましたので。これで」
「あ、ああ・・・」
ユラは一方的に告げると本当にすぐにその場を離れた。
それを呆然と見送っていたクロウだったが、暫くして諦めたような溜息をついき、石碑の前に立って何時ものように話を始めた。
その為、ユラが1度だけ振り返り、意味ありげな瞳で彼と石碑に刻まれたある名を見ていた事に気づく事はなかった。