神授国騒動記
□2話
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「ご無事のご帰還で真に喜ばしい事です。イクシェルト殿下」
何やら含みを持たせながらウォルトゥスが言ったその言葉だが、その含みにマナは気づくことはなく、ただ最後に彼が呼んだその名前に呆然と驚く。
「イク・・シェル・ト・・・殿下・・・?」
その目線はしっかりとウォルトゥスと向き合っているシェルへと向けられており、バックスはそんなマナを見て苦笑を浮かべながら説明してやる。
「本名・イクシェルト=フェスト=クレマテリス。正真正銘、この国の唯一無二の王位継承権を持つ王太子殿下だ。シェルは愛称」
バックスのその説明もやはり呆然とした様子でマナは聞いていた。
そんなマナを苦笑を浮かべながら見ていたバックスだが、しかしやがて視線をウォルトゥスへと戻してその顔を引き攣らせた。
「しっかし、あのくされ宰相。心にもないこといいやがって。今回の件でシェルが運良く死んでくれればとか思ってたくせによ」
「・・そういうことだったんですか」
バックスの言葉にマナは最初会った時に「シェルのアイリシア行きを許可した」云々の話をしていたのを思い出した。
確かに王太子を邪魔だと思うなら、遠征に出て討ち死にでもしてくれば、もしくは敵に討たれたと偽装させて亡き者にしてしまえば都合は良いだろう。
「まあ、シェルの奴がそう簡単に討ち死にだの、偽装だのでやられるわけねーけどな。あいつ実質上国内最強だし」
「そう、なんですか?」
「ああ。軍最強のクロウでも勝てないぞ。剣の腕前は神がかってて、『剣聖の極み』なんて呼ばれてるからな」
まるで我が事のように、否息子を自慢するかのように告げるバックスの言葉を聞きながら、マナはその視線をじっと未だ向かい合う、というより表情は互いに見せてはいないが、睨みあっているという表現が似合っているシェルとウォルトゥスの2人に向けていた。
すると不意にウォルトゥスの視線がシェルから移動した。
移動したその視線の先はマナ。
その目は現在、すっぽりと頭から布をかぶって姿を隠しているマナを明らかにに怪訝そうな表情で見つめていた。
その視線にマナは緊張で冷汗を流し、ぎゅっと自分の身体を覆っている布を握り締めた。