葬送歌人
□9:嵐の前触れ
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「嫌だーーーーーーー!!」
ある1つの『泉』の傍から魂陵界全体に悲痛な絶叫が響き渡った。
その叫びに思わず仕事の手を止めて声のした方向に視線をやったのは魂陵界にいた死神全員だった。
叫び声に驚いたのも勿論だが、その声にとても聞き覚えがあったからだ。
何故ならその声は、彼らの主君のものに間違えなかったからだ。
そして死神たちが暫し呆然と『泉』の方角を向いて立ち尽くしているなどと知らない、知っていても気にも留めないだろうその声の主は、必死の様子で愛しい恋人に抱きついていた。
「陛下・・・放してください」
「だから嫌だ!放したら行く気だろ」
「何当たり前のことを言ってるんですか」
ディエスの発言にエレシュは呆れたように溜息をついた。
「仕事なんだから仕方ないでしょう」
エレシュはこれから本当に久しぶりに仕事で異世界に行くことになったのだ。
最高死裁長で王佐のエレシュが異世界に行く事は極めて少ない。
リリスなどに勝手にとばされる場合は別だが・・・
ともかく今回その極めて少ない仕事での異世界行きの決まったエレシュは該当の異世界に行く為にその異世界へと通じる『泉』へときた。
しかしエレシュの異世界行きが決まってからずっと行かせまいとして反対し、抗議し続けているのだ。
それは執務室から『泉』に来るまでの間も、そして今現在も続いている。
仕事での異世界行きは魂陵界に在中の死神の中からその内容に最適な死神が選ばれる。
それはディエスの意思とは関係ない。
関係ないというよりは、彼にはどうでもいいため指示を出さないだけだ。
その為仕事での異世界行きを誰にするか、主立って決めているのはエレシュだ。
ディエスは一切関与しない。
今回はそれがエレシュ本人に当たっただけという話。
しかしエレシュが異世界へ行く、すなわち暫く離れ離れになるのが嫌なディエスは、自分が仕事をしないのを棚に上げてエレシュの異世界行きを阻止しようとしているのだ。
当然行くなと言われても行かないわけには行かないエレシュは、再度溜息をついてなにやら嫌そうな表情をして淡々と告げた。
「・・・俺だって、嫌ですよ。よりにもよってこんな姿で」
そう言って少し不機嫌そうに自分の身体を見回した。