大切なもの。第一章

□伝われ
1ページ/1ページ





遂に来た別れの日…。
俺と悠はもうきっと二度と合わないんだろうな。



『元気でね』



そう言った悠が涙を耐えながら俺をそっと地面に降ろす。
もう悠が俺に触れてくることは無い。

そう思った途端、いつも踏んでいた地面がとてつもなく冷たく感じた。



「ゲコ…」



元気でね、という言葉に、なんとか答える。



『おまえの名前……結局ずっとおまえって呼んだままだったね…。
お別れに、名前を付けてもいいかな……?……私を、少しでも覚えていて欲しいから………』



そういうと悠は暫く考え込んだ。
今まで無かった俺の名前。
ただの蛙だった俺。
それが、悠に名前をつけてもらうことで唯一無二の存在になれるんじゃないかって、俺は嬉しかった。



『蝦蟇に……大きく立派になれるようにと願いを込めて大ガマでどうかな?』

「ゲコ」



俺は静かにただ一度だけ鳴いた。
ありがとう一生忘れない、と伝わるように祈りながら。




『それじゃあね』



悠はさっと立ち去ろうとする。
夕日に照らされた悠の背中はとても憂いを帯びていて、あぁ本当にもう会えないんだと思ったら気がつけば俺は鳴いて悠を呼び、追いかけていた。



「ゲコっ!!」

『っ………!』



そんな俺に涙をぼろぼろと零しながら悠は振り返った。



『…んで………?何で付いてくるの……!
私とはもう一緒にいる必要がない、お前はっ……大ガマは自由に生きていくべきなの…!!
こんな風に付いて来られたら………、っ…離れられなくなっちゃうじゃないの………。』



へたりと地面に座り込む悠に、俺はそっと近寄る。
離れなくていい、離れたくないんだって気持ちが少しでも伝わるように…。
そんな俺に涙を零しながら手を伸ばす悠。
悠の両手が俺に触れた。



『私と………一緒にいてくれるの…?






私と……ずっと…一緒………?』

「ゲコッ!!」



俺は大きな声で鳴いた。
一緒にいたい。
悠と、ずっとずっと一緒にいたい。

悠は俺を手のひらで包み込んで抱き上げて、顔の近くに寄せた。



『嬉し………!
私っ、こんなに嬉しいの生まれて初めてよ…。
ありがとう大ガマ…大好きっ…!』



大粒の涙をこぼす悠の顔に、俺はそっと触れた。
俺だけじゃなくて、悠も一緒にいたいと思ってくれてる、こんなに幸せなことなんてあるのか。

俺が触れて、悠はさらに泣いた。
やっと正直になれた一人と一匹は、幸せを精一杯噛み締めて、しばらくその場を動かなかった。








夕日に輝く悠の涙、

寄り添う悠と俺は、
この幸せが永遠なもののように感じた。



,

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ