大切なもの。第一章
□闇に潜むもの
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お腹いっぱいになるまで虫を食べ、悠の肩でゆっくりとしながら今の住処、木の洞に向かう。
『今日は本当にいい天気だったね』
そうやってまるで人間同士のように話しかけてくる悠にゲコッと精一杯の返事をする。
それにしても今日は五月の割にとても冷えていた。
このとき俺はこの後何が起きるか、何もわからなかった。
強ばりはじめた悠の顔は尋常じゃなくて、俺は心配するようにゲコッと鳴いた。
『後ろ、お前は見えるかわからないけれど………多分浮遊霊がいるはずだよ』
言われてやっと俺は気がついた。
それと同時に、そっと後ろを見るとゾッとした。
ニタリと笑いながら音もなくあとをついてくる、人であって、人ではないもの。
妖怪でもない。
あれは長く浮遊しすぎて悪霊と化した化け物だ。
気づいていないようなふりをして少しずつ歩みを早める悠。
俺は悪霊よりも悠の方に驚いていた。
悠はアレが見える。
慣れたようにさえ見える彼女の振る舞いは最近見えるようになったとは思えなかった。
これが悠の秘密かと、そこまで考えてやっぱり悠に聞いてから考えようと思考を止めた。
『追いつかれそうね、走って逃げよう!』
そう言って肩に乗っている俺を手に抱え直して全速力で家まで走る悠。
追いかけてはきたが、何とか振り切ったようで、玄関に辿り着く頃には悪霊は見当たらなかった。
『ハァ…ハァ…ハァ……』
「ゲコッ」
ぎゅっと眉を寄せて顔を顰めて、悠を心配するように鳴いた。
思っていることが伝わらない。
いくら慣れてそうだとしても怖いに決まっている。
震えていることに気づいているのに少しでも落ち着ける言葉一つかけてあげられない自分が嫌で嫌でたまらなかった。
『ごめんね、怖い思いさせた…?本当に悪いんだけど…いつもの場所にはさっきの霊とまた会っちゃうかもしれないから今日は送ってあげられないの……』
だから一晩家で過ごしてほしい、という悠の言葉に俺は少し驚いた。
悠がこんなにも真っ直ぐに弱いところを見せるなんて思わなかったから。俺はすぐに心配している顔のままゲコッと返事をした。
悠は布団を敷いている。
風の吹き抜ける廊下に、だ。
何故かわからない。
いくら五月といえど廊下は寒すぎる。
「ゲコ…」
『……明日…話すから…、今日は…ただ私のそばにいて……』
そういって悠は布団に潜り、あっという間に寝てしまった。
そっと悠の頬に手を当てた。
悠は一体何を抱え込んでいるのか。
ついにわかる、明日、やっと。
悠は俺がいない時も、こうやって怯えながらもひとり寂しく布団に寝ていたのだろうか…。
せめて今夜だけは安らぐ時であってほしいと、そう祈りながら悠の額にそっと口付けた。
自分だけの秘密。
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