僕のヒーローアカデミア

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目の前のフリップボードを見つめ、みょうじは小さく唸った。くるりと右手に持ったマジックを回し、隣に座る焔に視線を向ければ、彼は一心不乱にペンを走らせ、直ぐ様立ち上がり教壇まで歩いていく。

「焔火炎!発表しまーす!!!」

デデン、と自分で言ってからフリップを教壇に叩き付けた焔は自慢気に笑ってコードネーム、つまりはヒーロー名を発表した。今後行われる職場体験前の下準備の様なものだ。

「火炎ヒーロー“ブレイズ”!!!」
「横文字か」
「焔は焔でよくねー」
「思ったwww」
「あんだよお前らその反応!!ブレイズってかっけぇだろが!!!」

クラスメイトから総スカンを喰らいながらも焔のヒーロー名は大方受け入れられたらしい。本気ではない野次だとすぐに分かるのは文句を言っている生徒が笑っているからだ。要するに焔をからかっているだけで、まぁヒーロー名としては妥当な、寧ろ確かに格好いいコードネームではなかろうか。
トップバッターとして申し分ない発表だと言えるだろう。

「んじゃ次私ー!」

焔の勢いに乗って次々とクラスメイトが教壇に立ってヒーロー名を発表していく。
さてはて自分はどうするかと、他のクラスメイトの発表を聞きながら考えるも、妙案はこれといって浮かばない。ううむと唸ってペンを回すみょうじを帰って来た焔が覗き見る。

「何だよみょうじ。お前決まってねぇの?」
「あー。いや、こういうのあんま考えた事なくてさ」
「マジか。ヒーロー志望なら一回は考えるだろ、普通」
「んー。あー、……」

生返事をするみょうじに焔は僅かに嘆息した。何かを考え込んでいる彼女を見るのは別に珍しくない。みょうじは元々口数が多い方ではないし、身体が勝手にというよりも頭で考えてから動くタイプだ。今回も何か頭でごちゃごちゃと考えているのだろう。

「まぁお前何にでも慎重だしな。…閃いた!頭の文句は沈着ヒーローとかどうよ!!」
「あー、まぁそれでも別に」
「よっしゃ、決まりだな。後は肝心のヒーロー名か」

まるで自分の事の様に唸りながら考えてくれる焔に苦笑を溢しながら未だに白紙のボードを見つめる。己の幼馴染ならなんと考えるだろうかと想像し、まず間違いなく「殺」の字が入っているのだろうなぁと呆れ混じりに目を細めた。ヒーローに憧れている少年少女なら一度は考えた事があるだろうヒーロー名。それをみょうじが一度も考えた事がなかったのは、単(ひとえ)にヒーローに憧れていなかったからだと言える。
確かにヒーローは好きだし、カッコいいとも思う。だが自分がそのヒーローになる、という考えをみょうじが持つようになったのは実はつい最近、言ってしまえば約一年前の事だった。

志望校の殆どをサポート科や経営科に力を入れている学校に絞り、幼馴染が独立した暁には少しでも支援が出来そうな職につければそれで御の字だろう、等と考えていたみょうじの意見を真っ向から叩き割ったのが何を隠そう件の幼馴染である爆豪だ。

相も変わらず予告なく家を訪れた爆豪に学校から貰ってきたパンフレットを端から燃やされたのは記憶に新しい。雄英高校の、それもヒーロー科の学校案内のパンフレットを大量に押し付けられ、目を回している間にスクールバックを漁られ、進路希望のプリントを引き抜かれたかと思えば既に書いていた志望校を軒並み消され、上から順に雄英高校の名前だけを書き連ねられたのは一年前、つまりは中学三年になったばかりの頃だった。何でコイツ進路希望のプリント渡されたの知ってるのかな、と思ったら当時爆豪がツルんでいた内の一人に自分と同じ学校のクラスメイトが居た事を思い出し、そう言えば先日何の脈略もなく志望校を聞かれたっけな、と苦い顔になる。
何かを言う間もなく「模試結果寄越せ」と手を差し出され、先日行われた全国模試の結果を机のクリアファイルから取り出し爆豪に差し出す。

「てか勝己。他人の鞄ほいほいと漁らないでよ」
「お前のもんは俺のもんだろが」
「ンー、ジャイアニズム」

側に置いていた自分の鞄から取り出した模試結果とみょうじの模試結果を照らし合わせ、「ボチボチだな」と失礼な感想を述べた爆豪は何食わぬ顔でみょうじに用紙を返し、直ぐ様テーブルに参考書や雄英高校の過去問題集を積み上げた。あのぺらい鞄の何処に入っていたのかと凝視するも謎は解決せず、伺うように爆豪に視線を送れば「今日から一年教え殺す」とこれまた謎の殺人予告をされる。

第一志望、雄英高校ヒーロー科
第二志望、雄英高校普通科
第三志望、雄英高校サポート科

全て雄英高校で埋まったプリントを眺め、あぁ、これは本気で受験させる気だなぁと勘づき始めた所でみょうじは爆豪に待ったを掛けた。

「あの私は別にヒーローになる気な、」
「うるせぇ、なれ」
「理不尽〜」

仁辺もなく切り捨てられた意見に思わず宙を仰ぐ。さてどうこの幼馴染を説得したものかと考えていれば、「大体」と先に爆豪が口を開いた。

「俺の下僕のクセにヒーローにならねぇとかふざけた事言ってんじゃねぇ」
「……、え、私いつから勝己の下僕になったの?」
「殺されてぇのかてめぇは」

真顔でそんな気はないと首を降れば、爆豪に制服をわし掴まれ脅される。この手のやり取りには慣れているので、みょうじも慌てる事なく発火する爆豪の手を掴み、「いやいやだってさぁ」と反論した。

「私は勝己のただの幼馴染であって、下僕ではないし」
「ただのとか言うな、殺すぞ」
「勝己のそれはもう脅しにもならないなぁ。…まぁ、じゃあ、でも私は幼馴染じゃん?」
「……だからなんだよ」
「幼馴染だからって将来まで左右されるのはちょっとさ。ほら、私だってやりたい事の一つや二つある訳だし」
「てめぇのやりたい事ってなんだ」
「……いや、それはちょっと言えないけど」
「どうせ俺のサポートとかそんなんだろが」
「ウーン、幼馴染が自意識過剰なのに的を射ていて辛い」

僅かに赤くなった頬を隠しながら困った顔で爆豪を見る。正直、幼馴染の将来をサポートしたいが為に進路を決める、なんていうのは献身的を通り越して若干痛々しいと思っていただけに、まさか本人にズバリ当てられてしまうとは、もう目も当てられないくらい恥ずかしい。
そんな100%純粋な目で見てくるのやめて下さい居たたまれないと顔を覆ってあーともうんともつかない呻き声を上げるみょうじに爆豪は構わず手刀を落とした。べしゃとみょうじの顔がテーブルにめり込む。

「っにすんだ、暴君」
「俺をサポートするっつー頭はあって、俺の側で活躍するって頭がねぇ馬鹿の言う事なんざ知るか」
「……え」
「俺をサポートする気があんなら全部まるっとやれって言ってんだ」
「………」

全部、まるっと、とは。みょうじは混乱しながらも頭をフル回転で動かした。自分が考えていたサポートとは謂わば経済面や補助など、スポンサー的な立ち位置となる訳だが、幼馴染の意見は違う。経済面や補助だけでなく、ヒーロー活動自体も手伝える様になれと、そういう事だ。確かにヒーロー免許を持っていない人間は現場にも入れないし、“個性”を街中で使用する事も大っぴらには出来ない。一人では回りきらない事件というのも社会には勿論ある訳で、だからこそサイドキックなる人材を雇う事務所がいくつもある。なんと、これは盲点だった。ただのいちスポンサーではそんな手助けは出来ない。いや、幼馴染である彼なら優秀なサイドキックの一人や二人簡単に見つけるだろうが、それはそれとして、彼は自分がいつ如何なる時も近くにいる事を望んでいるのだから、それに応えない訳にはいかないだろう。だって幼馴染なのだから。
許されるなら、側にいない理由はない。

「そっか、私もヒーロー目指していいんだ」
「誰がいつなるなって言った」
「…あぁ。そういや言われた事もなかったね」

勝手に出来る事を決めてそこに目標を置いていた自分の視野の狭さをみょうじは僅かに恥じた。が、なると決めれば話は早い。みょうじの即決力は母親譲りだ。
雄英一色で埋まった志望校を再度眺め、次いで爆豪に視線を向ける。この幼馴染を戦闘面でもサポートするには、今のままでは不十分、そして同じ学校で学んでも意味はない。
サポートすると決めた以上、いつまで経っても助けて貰う側、という訳にはいかないのだ。同じ学校ともなれば、頼ってしまうし依存してしまうのは明白である。それだけはあってはならない。と、なればどうするか。みょうじの腹は既に決まっていた。

「よし、私ヒーロー科受験する」
「最初からそう言えブス」
「はっはっはー、今は何言われても痛くも痒くもないなー」

高校入学まで、かの幼馴染を騙しきる事。静かに決意したみょうじは朗らかに笑いながら爆豪が用意した問題集に手を伸ばした。天下の国立高向けの勉強ならば、やっていても損はない。後は爆豪にも爆豪と繋がりのあるクラスメイトにもバレない様に志望校を決めて、受かればいいのだ。優秀なヒーロー、優秀なサイドキックを輩出しており、カリキュラムにおいて雄英と遜色なく、且つ、自宅から通える学校。頭の中で今後の予定を組み立てながら、みょうじは何食わぬ顔で問題を解いていく。最早爆豪に疑いはなく、みょうじの前でスラスラとペンを走らせていた。
そして月日は流れ現在に時間を戻す。

「ヒーロー名、ヒーロー名…」
「だから沈着ヒーロー“氷の女王(アイスクイーン)”にしようぜ」
「嫌だよ、そんな仰々しいの。ていうか“個性”となんも関係ねぇじゃん」
「いやいや。お前の冷めた目は“個性”じゃなくても身が縮むぜ!」
「やっぱそう言う意味合いかよ。焔最低」
「その目だよ、その目!こっわ!!」

ちょっとしたジョークじゃんよぉと膨れっ面をした焔は再びうーん、と唸り声を上げてみょうじのヒーロー名考案に取り掛かる。

「沈着ヒーロー“レディ・チンチャク”」
「それもう一回言ったら絶交な」
「じょ、冗談だって」

冷や汗混じりに苦笑する焔にみょうじは小さく溜め息を吐いた。一生懸命考えてくれるのはありがたいが、大喜利めいてきていて反応に困るし、そんなヒーロー名は流石に嫌だ。

「ってもみょうじの“個性”って吸収系だろー?こう、名前付けづらいよな」
「…あー、つまり、炎系だったらフレイム、水系だったらアクアとかウォーティー、みたいに分かりやすくないと?」
「そうそれ。見た目に特徴あるならそれに準えりゃいいけど、お前見た目も普通だし」
「喧嘩売ってんのか」
「いや、そうじゃねぇって!」

拳を構えるみょうじに焔は慌てて手を振って否と示した。まぁ焔の言いたい事も分からなくはないので、みょうじもぱっと拳を解く。
それにしてもまさかこんなところでいきなり躓く事になろうとは、受験の際は筆記・実技共に大した問題もなかっただけに少しばかり凹む。大体にしてヒーロー名って何だよ、本名じゃ駄目なのか。もう本名で良くないか?と、最早自棄になり始めていたみょうじに、焔が一つの提案を述べた。

「“アクセプト”ってどうよ」
「…アク、?」
「沈着ヒーロー“アクセプト”。これ良くね?」
「…」

さてその単語はどんな意味だったかと考えたが、耳馴染みのない言葉だった為すぐには出てこなかった。まぁでも語呂はいいし変でもないしもうそれでいいんじゃないかとみょうじは焔の言葉のままフリップに初めて文字を書き込んだ。

「先生、みょうじのコードネーム決まったぜ!」
「お。じゃあ最後はみょうじだな」

いつの間にやら自分以外の全員が発表を終えていた事に多少驚きながら、みょうじは教壇に向かって歩いていく。注がれる視線をモノともせず、普段と変わらぬ態度でフリップを教壇の上に掲げた。

「沈着ヒーロー“アクセプト”で」

授業終了後、単語の意味を調べてみればアクセプトが“受け入れる”という意味合いの言葉だと知り、成程なぁと焔のセンスに感服する。

ヒーロー名の命名者が焔であると爆豪に知られ、今すぐ改名しろとキレられるのは遠い未来の話だ。


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