僕のヒーローアカデミア

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結果から述べよう。体育祭で爆豪が優勝した。おめでとうと素直に喜べないのは最後の一騎討ちの結末が彼の納得するものではないと知っているからで、全身を厳重に拘束されて表彰台の上に立つ爆豪をみょうじは微妙な表情で見つめる。

「締まんねー1位だな」

観客席から溢れた誰かの言葉に確かにそうだと頷きたくなった。隣に座っている焔は大爆笑した後に腹を擦ってみょうじの肩を軽快に叩く。

「お前の幼馴染やっぱ最高だわ」
「うーん、まぁ」

さてどうしたものか。苦笑しながら端末を手の中で握り、連絡するかどうかを悩む。不本意な結果に終わった事を蒸し返すのも何やら悪い気はするが、来ていない前提であったのなら間違いなく「お疲れ様」くらいの事は送っていただろう。テレビで観てたってきっとそれくらいは送っただろうが、何せ実際、目の前で爆豪の姿を見続けていたのだ。
彼が何を悔しがり、何に苛立って、意地でも1位だと認めたくない理由を肌で感じてしまえば、どんな言葉も相応しくないように思えてしまう。

「ま、あれが今のカツキ君のマックスってとこだな」
「……そうだねぇ」

あっけらかんと語った焔はふむふむと頷いて勢いよく席を立った。
オールマイトの登場に沸くスタジアムで締めの挨拶が行われる。

「てな感じで最後に一言!!皆さんご唱和下さい!!せーの、」
「プルス」
「お疲れさまでした!!!」

一瞬会場全体がシンと静まり返り、すぐさま批判の嵐に変わった。
オールマイトの決め台詞と言えばやはり「プルスウルトラ」だと思ってしまうし、流れでいえばそう言って然るべきタイミングであった。

「そこはプルスウルトラでしょ、オールマイト!!」
「あぁいや…、疲れたろうなと思って……」

冷や汗混じりにそう溢したオールマイトに焔は苦笑して「オールマイトも先生やってんだなぁ」と彼の優しさを称える。
生徒が頑張ったのだからそれを労るのが先生の役目だと、そういう事を言いたいのだろう。
ブーイングが鳴り響く中、みょうじと焔は二人でオールマイトに向けて拍手を送った。さて一足早いが爆豪に見つかる前に会場を出ようと隣に座る焔を見て、みょうじは一気に顔色を変える。大きく息を吸い、口の横に両手を構えた焔は、みょうじが制止の声を掛ける前に称賛の声を上げた。

「ブラボー!!」

大声で会場のブーイングを掻き消した焔に会場全体の視線が釘付けとなる。おいおい冗談だろうと表彰台の方を見れば、ばっちり爆豪と目が合った。

あ、殺される。
油を差していないブリキの玩具の様に不自然な動きで首をそらし、みょうじは目にも止まらぬ速さで焔の手を掴んで会場から逃げ出した。
周りは雄英生に向けて賛辞や拍手を送り始めており、特に労せずスタジアムから出る事ができた。
全力疾走で雄英高校の校門に辿りつき、パスカードを返却して漸く一息つく。
荒くなった息を必死に整え、呆けた顔をしている焔の手を全力で叩き落とし、襟元を掴んで鋭く睨みつけた。

「お前一度ならず二度までも。何してくれてんだコンチクショウ」
「?いやだってあそこはやっぱいい雰囲気で終わりてぇだろ?」
「だからってお前、…………お前ぇ」

焔の言い分はよく分かる。焔自身、良かれと思ってした行動だという事も分かっている為、みょうじは二の句が告げなくなった。真っ直ぐな性格をしている焔にこれ以上文句を言うのはどうにも憚られる。何より間違った事をした訳ではないのだから、そもそも怒るのは筋違いだ。でも、だが、しかし。

次に勝己と会った時、どんな顔をすればいい?
みょうじの脳内を占めるのはその一言だった。
よぉ、おっす、こんにちは、どうも、ご尊顔拝見出来まして誠に嬉しい限りで御座います。てか試合凄かったね。

「……いやいやいやいや」

唸って首を振るみょうじに焔が困った顔をする。心配そうに首を捻る焔を一見し、みょうじは心底嫌そうに口をへの字に曲げた。そんな顔するなしたいのは私の方だ。いや別に焔が悪いわけじゃないけど。と心の中で言ってからみょうじは大きく溜め息をついた。

「うだうだ言ってても見られた事に変わりないしな」

言い聞かせるように呟いて、自分の頬を叩く。うし、と小さく気合いを入れたみょうじは焔を仰ぎ見た。

「帰るか」
「笑顔ぎこちねぇな」
「お前のせいだよ」

破顔して噴き出した焔の脇腹を肘で勢いよく抉る。ポケットに押し込んだ端末が通知音を鳴らさない事へ今だけは感謝し、もう暫く鳴らない事を祈りながら帰路に着いた。

「てかエンデヴァー来てたな」
「え?…あー、来てたね」
「あれ、反応悪ぃな。みょうじってエンデヴァー派だろ?」
「いや、別に派っつーか、…普通に好きかなぁ、くらいだし」
「・・・普通、ねぇ」
「…なんよ」

みょうじの鞄にジャラリとついたエンデヴァーのキーホルダーやエンデヴァーをモチーフとしたストラップ等を一瞥し、焔はあから様な顔で「別にー」と笑った。

「そういや一位の奴ってエンデヴァーの息子らしいじゃんな」
「あぁ、らしいね。のわりに炎熱の個性あんま使ってなかったのが気になるけど。緑谷との試合であんだけの爆発引き起こせんだからエンデヴァーと同等の熱量は持ってる筈だし、でも緑谷戦以外では使ってないし、もし仮に使わないって決めてんなら只の宝の持ち腐れじゃんね。親から貰った個性なのに何躊躇ってんだろ」
「…お前ってたまにおっそろしい程辛辣だよなぁ」
「あー、だって腹立つじゃん」
「?何に?」

小首を傾げる焔に視線を向け、みょうじは機嫌悪そうに首筋を撫でる。つっかえを取るようにカリカリと人差し指で喉を掻いてから、その指を宙で回した。

「回りの奴は自分の個性フルに使って戦ってんのに、自分は能力の半分しか使ってないとか、一生懸命やってる奴馬鹿にしてんのかー、とか思わない?」

ニヤリと底意地の悪い笑い方をしているが、みょうじの目は不機嫌そうに細められたままだった。みょうじの言った言葉と決勝戦での轟の様子を脳内で反芻し、焔は腕組みをして考える。

「…‥んー、トドロキ君、だっけ?は、そんな感じのヤツには見えんかったけどなぁ。なんかこう、重たいもん抱えてて、そのせいでがんじ絡めになっちまってるっつーか、難しい感じしたぞ」
「焔は真っ直ぐないい奴だからそう思えるんだろなぁ。他人の事ナチュラルに眼中にない、みたいな感じがして私は苦手」

うげ、と舌を出して苦手アピールをするみょうじに焔は苦笑混じりに手を振った。

「それ言ったらカツキ君だって似たようなもんだろ?」
「いや。勝己はあれで意外と他人の事気にして生きてるからさ」
「え、そーなん?」
「うん。見てからあぁ、コイツ大した事ねぇなって価値決めてる感じ」
「それはそれでどーなんだよ」
「ちゃんと見る分私はそっちのがいいと思うけどね」

悪い顔で笑うみょうじを一見し、焔は嘆息しながらジト目になって視線を前方に戻す。暫し頭の中で考えて、思い至った思考にもう一度みょうじを見た。

「・・・それ贔屓目入ってね?」
「入ってるに決まってんじゃん」

当たり前だろ、という顔でみょうじはすんなりと贔屓を認めた。あっさりとした返事に焔は僅かに呻いてから、「お熱いねぇ」と首を降る。

「ま、惚れた弱みってやつだよ」
「あーやだやだ。エンデヴァー好きな理由も爆豪君と同じ炎熱系の個性だったからとか言うんじゃねぇだろな」
「あれ、良く分かったね」
「・・・お前マジかよ」

嫌み混じりの返しを肯定され、焔は若干顔を引き吊らせた。意外そうに目を丸めたみょうじは顎に手を当て「案外分かっちゃうもんなんだなぁ」と真顔で頷いている。

「それだいぶ重症だろ」
「いやいや、今更でしょ」

あっけらかんとした様子のみょうじに焔は何とも言えない感情を抱きながらぐっと言いたい言葉を飲み込んだ。
お前それで付き合ってないとか嘘だろ、と心の中だけでみょうじに語り掛けながら、何とも不器用な彼女の恋路に大きく溜め息を吐く。並んで歩いていたみょうじが先程から気にしているスマホには未だに“カツキ君”からの連絡は来ていないようだ。隣にいただけであんなに殺気立った視線を向けてくるのだから、みょうじの片思いという訳でも無さそうなのに、と会場で爆豪に睨まれた事を思い出し、焔はううむと眉をしかめる。
見上げた空は驚く程青く、焔はすぐさま悩みなど忘れて腹を撫で擦った。元来悩んだり考えたりは性に合わないタイプだという事は焔自身が一番自覚している。

「腹減ったから飯食いいこーぜ、みょうじ!」
「いっだ!」

バジリ、とみょうじの背を軽快に叩いてから、何食わぬ顔で歩き出す。何かあっても俺が相談に乗ってやりゃいいもんな、とすぐさま思い直す辺り、彼は楽天家であると同時にお人好しだと言えよう。心優しい友人の心中とは裏腹に、勢いよく背中を叩かれたみょうじは恨みがましい視線を焔に送りながらその後を追った。



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