僕のヒーローアカデミア

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『雄英高校に“敵”襲撃!!』
『天下の名門警備に穴か!?』
『生徒達の安全やいかに!!!』

様々なテロップが流れ、様々な論評が交わされ、それを聞きながら、見ながら、みょうじは端末を操作し爆豪へ連絡を取った。
連絡を、といってもアプリで一言、『大丈夫?』と送っただけであるし、取った、といっても返事はない。返事をする事自体稀な性質なので気にも止めないが(いや、実際はそれなりに気にしているけど)既読はついているので無事なんだろうと気持ちを切り替え、校門を潜ったのはつい先程の事だ。

「おう、みょうじ。ニュース見たかよ!雄英襲撃事件‼」
「うん、まぁ」
「なんだよ、その生返事!お前のダチも雄英通ってんだろ!?」
「ダチっつーか、あー、いやまぁそうだけど」
「心配じゃねぇのかよ!」
「……心配、…ではあるけど、」

自分の席に鞄を下ろしながら再び思案する。
心配っちゃ心配だし、連絡もしたけど返事がないし、いや既読はついたからそれが返事と言えば返事なのだが、余計なお世話だと言外に語られた様な気がしてそれ以上を送る気になれないというか、なんというか。
心の中であれこれ考えながら溜め息を吐いて、高校で新しく出来た友人、焔(ほむら)に視線を向ける。
何やら複雑な様子を察した焔は首だけだった姿勢を身体丸ごとみょうじに向けて大きく頭を下げた。

「すまん、心配に決まってるよな」
「いや別に。反応薄いのは本当だし」
「だな。お前心は熱いんだから表情筋ももっとそれ相応にした方がいいぞ」
「焔は内面も外面もホットだよね」
「おう。見習ってくれていいぜ」

拳を握り得意気に笑う焔に苦笑で返す。端末を操作して爆豪から返事がきていない事を再度確認してから、検索サイトを開いて雄英襲撃事件についての記事を読み、死傷者の項目を注意深く何度も黙読する。『教師二名重傷、生徒数名にも被害あり』そんな項目をひたに眺めていたみょうじは気難しく唸って口をへの字に曲げた。
椅子を近付け横から覗いていた焔は、熱心に記事を見つめるみょうじに対し、暫く思案してから声を上げる。

「なぁ、みょうじ」
「ん?」
「そんなに心配ならよ。いっそ雄英の体育祭観に行かねぇか」
「…でも今更チケットとか」
「何と2枚あるんだなー、これが」

ジャン、と手の中にある二枚のチケットを揺らめかせる焔にみょうじは目を丸めた。
身勝手に進学先を変えた手前、自分から会いに行く事を躊躇っていたみょうじにとって、焔の言葉は天の救いに等しかった。
数拍おいて「…マジで?」と問えば、焔は自分の胸を叩きながらこっくり頷いて「マジで」と笑った。神様か。

「他校の様子見るのだって勉強だしな!」
「焔、お前本当に良い奴な」
「よせやい、照れるだろ」

おおらかに笑う焔をいっそ五体投地で拝みたい。そんな気分に浸ったみょうじは、その日の昼時、焔に学食を奢った。

そして二週間後。
駅で待ち合わせをしたみょうじと焔は他愛もない話をしながら、雄英高校までの道のりを歩く。
同じ空を見上げ、同じ景色に身を委ね、この道を幼馴染も通っているのかと思うとなんだか胸が高鳴るような気さえするから不思議だ。

「つかよ、みょうじは何で雄英にしなかったんだ?」
「…何でって」
「だって幼馴染君は一緒に来いって言ってくれたんだろ?まぁ受かる前提ってのがすげーけどさ」
「あーまぁ。勝己は勉強にしろなんにしろ、なんでも出来るし」
「カツキ君なー。あれだろ、ヘドロ事件の被害者の」
「それ、本人目の前にして言うなよ」

機嫌の悪くなった爆豪を想像してみょうじは微かに苦笑した。
咎めるように言われた焔はきょとりと目を丸めて空を仰ぐ。

「オールマイトに助けてもらったとかめっちゃラッキーじゃねーの?」
「自分じゃどうにもなんなかったってのがあるからなー。勝己は誰かに助けられるの嫌いだし」
「?何だそりゃ?」
「誰かに助けてもらうような、弱い自分が嫌いなんだよ。勝己は」
「?」

小さく含み笑いをしたみょうじは焔を横目でチラリと見てから数歩先へと進んでいく。追い掛ける形で足を速めた焔は結局はぐらかされたままの“みょうじの進学理由”を問い返す事なく頭を捻ったままみょうじの隣に並んだ。

話したくない事は黙認する。
それが焔の心情である。
自分の頭の中だけで『みょうじが雄英にいかなかった理由』を考えながら、雄英高校の門を潜った。持ち物検査の列に並び、長い検査を終え、一年生のステージに辿り着き、腰を落ち着けても焔は延々と唸って腕を組んでいる。見かねたみょうじが肩を揺すり入場が始まった事を促して、焔は漸く思考を取り止めた。

「所でそのカツキ君はどこよ?」
「えーと、」
「選手代表‼1-A、爆豪勝己‼」
「………」
「おー。アイツか」

気だるい雰囲気で壇上に上がる爆豪を焔が繁々と眺める。代表選手の言葉を聞き逃すまいと、ステージ全体がシンと静まり返り、「せんせー」と間延びした爆豪の次の台詞を待った。
ワクワクとした面持ちの焔に比べ、みょうじは訝し気に顔を歪めている。

「俺が一位になる」
「絶対やると思った‼」

恐らく同じクラスの誰かなのだろう。爆豪の性格を理解しているであろうその人の声を筆頭に、回りの生徒が爆豪へ食って掛かる。

「調子のんなよ、A組オラァ」
「何故品位を貶めるような事をするんだ‼」
「ヘドロヤロー」
「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

首筋を親指で掻き切るモーションをして挑発する爆豪に、回りの生徒からのブーイングが更にヒートアップする。

「あっはっは、お前の幼馴染面白ーな!」

ケラケラ笑ってその様子を指差していた焔はみょうじが表情を強ばらせているのに気付き、微かに目を丸めた。
気にして顔を覗き込めば、やんわりと笑われて「大丈夫だ」と言い張られる。
気のせいかとも思ったが、競技が始まってもみょうじの顔色は優れない。
第一種目が終わり、3位通過となった爆豪を見ていた焔は横目でみょうじを見やり、胸元に手を押し当てる彼女の様子に眉をしかめた。
腹でも壊したのだろうかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。どんどん顔色が悪くなっていくみょうじの肩を焔は強く掴んだ。

「本当に大丈夫か?」
「…………」

確認するような焔の声に促され、みょうじが顔を持ち上げる。数秒、黙ってお互いを見ていたが、ゆっくりと頷くみょうじに、焔は何も言えなくなってしまった。掴んだ肩から手を離し、困った面持ちで第二種目の様子を見る。
派手な大立ち回りを繰り広げる彼らを見て、彼女は何故こうも表情を曇らせているのか。
いつまで経っても答えの出ない問いに、焔の眉間にも皺が籠った。
難しい顔で戦局を見つめる若者二人に、回りの観客は気付かない。
晴れやかな激戦に見いっているのだから当たり前だ。他人の表情を気に掛けるよりも、次々順位が入れ替わり立ち替わる様子に興味を奪われるに決まっている。
2位通過を果たした爆豪に、みょうじは強く拳を握った。
胸中に押し寄せてくる負の感情が、身体の中を熱く熱く駆け巡る。
逐一、自分の機微を気にしていた焔にも申し訳ない。強く唇を噛んだみょうじは、穴が開きそうな程に爆豪を見つめ、意を決してその場から立ち上がった。隣で様子を見ていた焔は、慌ててその手を掴まえる。

「ど、どした?」
「…………帰る」
「はっ?」

呆けた声を上げ、みょうじの言葉の意味を考える。立ったまま微動だにしなくなってしまったみょうじにどうしたら良いか分からない。後ろの席から「見えねーよ」と文句を言われ、軽く謝罪をしてから、みょうじの手を引いて人気のない通路へと足を進めた。辺りを見回し完全に人がいない事を確認してから、焔はみょうじの手を離す。

「何がどうしたんだよ」
「………」

両手で顔を覆ったみょうじは一拍、大きく大きく溜め息をついて、髪の毛を盛大に掻きむしった。
ぎょっと目を丸めた焔は暫しその様子に釘付けになりながらみょうじの言葉を待つ。

「……なんか、なんっか、さぁ」

頭に手を当てて踞ったみょうじに倣い、焔も腰を屈める。
あ、とも、う、ともつかない声で呻いていたみょうじは、顔を歪ませながら気持ちを吐露し始めた。

「頑張ってる勝己見てたら、マジなアイツ見てたらさ、……なんか、自分が…すげぇ恥ずかしく思えて」

一目無事な姿を見られたらと、そんな思いで来た自分がみょうじには恥ずかしくてならなかった。心配する事が悪い事だとは思わない。惚れている相手なら尚更だ。好きだからこそ無事を確かめたいと思う事は決して悪い事ではない。しかしみょうじは“爆豪と並ぶ為”に彼とは別の高校へ進学したのだ。強い彼と並ぶ為に、強い彼の隣にいる為に、強くいようと決めたのだ。保育園も小学校も中学校も違った。だから、彼が見ていない間に沢山強くなろうと、そう決めていたのに。

「また、先に行かれて…、どうすりゃいいんだろ…って、思ったらなんか」

どこまでも誰よりも、強さを求め足掻く爆豪の姿に、みょうじは今日来た事を心の底から後悔した。
目指すモノの違いを、覚悟を、まざまざと感じて固く拳を握る。強くならなければいけないのは自分の方なのに、置いていかれてばかりの癖に、爆豪の“心配”をしてここまで来た自分の浅はかさがやるせない。余計なお世話もいい所だ。心配できる立場か。心配なんかしている場合か。弱いのは。

「私だろうが……っ、」

独白にも似た理由を聞いて、焔は真剣な眼差しでみょうじの手を取った。
強い力で引っ張り上げられ、みょうじは大きく目を見開く。
立ち上がらせたみょうじをじっと見つめ、ボサボサになってしまった髪を手櫛で整えてやりながら、焔は言った。

「何で置いてかれたって決めつけてんだよ。カツキ君だって、まだ一番強いって訳じゃねぇんだから、追い付けない事もねぇだろ」
「…焔」
「大体。俺らまだまだ伸び盛りのコーコーセーだろ。今からめっちゃ頑張れば大人になったみょうじのがカツキ君より強くなってっかもしんねーじゃん。追い越せない前提で話すのやめようぜ」

粗方元通りになった髪を見つめ、「上出来」と焔が満足そうに笑う。つられて笑ったみょうじは困ったように溜め息をついて焔の胸に拳を押し当てた。

「焔はマジで良い事言うよ」
「おう。まぁな」

自信満々で頷く焔にみょうじも笑って肯定する。
和やかな空気が流れる中、少しばかり遠くの方で「チ、リア充が!!」と舌打ち混じりの罵声が聞こえた。何事かと声の方へ視線を向けたみょうじと焔は、柵を挟んだ向かい側にいる雄英生徒達と目が合った。舌打ちしたのは恐らく背の小さいブドウの様な髪の毛をした男の子だろう。物凄く目付きが険しい。

「あ。あれってカツキ君とおんなじクラスの奴らだろ?」
「…あー、多分」

開会式の際に爆豪と同じ組の列に立っていた事を朧気ながら覚えている。
金髪のチャラい雰囲気がする少年がヒラヒラと手を振ってくるので、こちらもヒラヒラと手を振り返す。爆豪の姿がない事に胸を撫で下ろしていれば、隣にいた筈の焔の姿がない。
ぎょっとして辺りを探してみると焔は柵に近寄り、というか雄英生達に近寄り「カツキ君は?」等と尋ねていた。

「おま、」
「あ。俺、賦天高校一年の焔火焔。あっちは同じクラスのみょうじなまえで、カツ」
「焔ぁあ‼」

背後から焔の首根っこを掴み、勢いよく駆け出す。焔がうえ、だとか、うげ、だとか呻いていた気がするが、手を離す余裕はなかった。
瞬く間に見えなくなった二人組を見送った1-Aの生徒達はお互いに首を傾げて疑問を投げ合う。

「誰かに用事だったんかな?」
「ホムラって奴、最初に“カツキ君は?”とか言ってなかったか?」
「あー、言ってた」
「カツキ君、カツキ君…」
「……なんか、どっかで」
「爆豪さんの事ではありませんか?」
「「あー。・・・」」

沈黙の後、顔を見合わせた各々で「爆豪の知り合い!?」と叫びながら消えた二人組を思い出す。“あの”爆豪に他校から態々会いに来るような“友達(?)”がいた事に正直、驚きを隠せない。

「後で爆豪に聞いてみようぜ」
「答えると思うか?」
「知るかって一蹴されるのに一票」
「それより飯だろ、飯」

昼食を摂る為に歩き出した面々は隙あらば爆豪に聞いて見ようだとか、ちょっと観客席を探してみようだとか思案しながら食堂方面へ向かう。
席に戻り、(みょうじが自分で名乗った訳ではないが)名乗ってしまった事実に頭を抱える。絞まりっぱなしだった首を擦った焔はまだ小さく咳き込みながら恨みがましくみょうじを見やった。

「何すんだよ。カツキ君に会えたかもしんねーのに」
「……。会いに来た事後悔した直後にどの面下げて会えと?」
「『心配してたけど思ったより元気そうで良かった。私も頑張るからカツキも頑張ってね♡』って」
「言えねぇよ。てか言わねぇわ」

吐き捨てるように呟いたみょうじは大きく溜め息をついて端末を操作する。
アプリを起動させ、爆豪からのメッセージがない事に安堵してから、あれ程返事がほしいと思っていたのは何だったのかと苦い顔を作る。
勝負事の最中に連絡してくるような性格ではないと分かっているので、本当に怖いのは今日の体育祭が終わった後だ。
何事もなく、来た事も知らないでいてくれればどんなにいいか。半分、祈るような気持ちで端末をポケットに戻し、第三種目の開始を待った。


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