僕のヒーローアカデミア

□2
1ページ/1ページ


我が物顔でヒトのベッドを占領している爆豪を見やり、みょうじは大きく溜め息をついた。
帰宅早々、「勝己君、来てるわよ」と母親に告げられていたので驚いたりはしなかったものの、本人が不在だというのに堂々とベッドに寝転がる神経の図太さたるや。無作法や呆れを通り越して感服ものだ。
流石ジャイアンを地でいくだけの事はある。
本人に言えば間違いなくキレられるので、みょうじは心の中だけで呟いた。
あからさまに不機嫌な様子で端末を操作していた爆豪がチラリと横目でみょうじを見る。
首を傾げて顔色を伺えば、彼は不機嫌な表情のまま、ポツリと言葉を溢した。

「遅ぇ」
「んな理不尽な」

ひとまず学習机にショルダーバッグを下ろし、脱いだ制服のジャケットを回転椅子の背凭れに掛ける。
幾分軽くなった身体を解すように伸びをして、みょうじはどっとベッドの端に腰を落ち着けた。
シャランシャランと連続で鳴っていた音が止み、爆豪の手に持った端末から「ハイスコア!ビクトリー!」なんて声が漏れ聞こえる。
面白げもなく鼻を鳴らしている所を見るに、労せずゲームをクリアしたようだ。
昔からちょっとやればすぐにやり方を覚える万能の塊、もといセンスで生きてるような爆豪であったが、成長した今でもそれは変わらないらしい。
そんな相変わらずの才能マンが何に苛立っているのか。
最近あった事柄を順に並べ立て(声に出せばそれこそ爆破されるのであくまでも頭の中だけで組み立てて)、みょうじは爆豪に問い掛けた。

「学校でなんかあった?」
「……」

新しくゲームを始めようとしていた爆豪の手がピタリと止まる。見るからに眉間のシワが増え、目付きの悪さが殊更際立った。問い質すまでもなく、“当たり”だったらしい。
では学校で何があったのか。スカートのポケットに放り込んでいた端末の存在を思い出し、顎に手を当てながらポツリと呟いた。


「……そういえば緑谷も雄英なんだってね」
「あんなクソナードの話すんじゃねぇ」

爆豪の唸るような低い声を聞いて“大当たり”だと判断する。半笑いで見下ろした顔がみるみる強張り、爆豪が手に持った端末はミシリと音を立てた。

「……はっはーん。原因は緑谷かァ」
「違ぇわ、ブス!!」
「まぁまぁ。んで何。緑谷がどうしたの?」
「だから違ぇっつってんだろ!!燃やすぞ!!」
「あー、ちょ。ベッドの上で爆破させんな」

ボフッと掌を爆破させた爆豪の片手を捕まえて炎を吸収する。
大した抵抗もなくエネルギーを吸収された爆豪は舌打ち混じりにみょうじの背中を軽く蹴りつけた。

「てめぇが見当外れな事言うからだろが!」
「あいたた、勝己、ちょ、地味に同じとこ蹴んのやめて」
「うっせぇんだよ、ブス!!」
「いっだ!……んのやろ、」

一際勢いよく背中を蹴られ、流石のみょうじも眉間にシワを刻む。
爆豪の腹部めがけて上体ごと肘を下ろしたみょうじに、爆豪が小さく呻いた。

「っにしやがんだ半目!!」
「あ。お前人が気にしてる事を明け透けと」
「事実だろうが半目ブス!!」
「あーあー、もう怒った。勝己なんか二度と口聞いてやんなーい」
「こっちの台詞だブス!!」
「はい、今喋ったー。勝己君、私とお喋りしましたー。ざまぁ」
「言ってろクソが!!」

幼稚なやり取りが一段落し、爆豪が大きく息を吐き出す。どうやら馬鹿らしくなったらしい。
一通り騒ぎ終えて冷静さを幾分取り戻した爆豪を横目に、みょうじはケラケラと笑った。

「何焦ってんのか知らないけどさー。勝己は大丈夫でしょ」
「…あ"?」
「自尊心高くて、横暴で、ジャイアンで、口悪いし、態度悪いし、目付き最悪だし、自信過剰だし、そのくせ性格はひん曲がっててみみっちいし、人の事すぐに見下すドブ野郎だけど」
「喧嘩売ってんなら買うぞ」
「私はそんな勝己が好きだし」
「…………」

瞠目する爆豪を見下ろしながら、みょうじはゆっくりと仰向けになっている爆豪の胸元に額を押し付けた。
制服越しに伝わってくる体温と少し早い心臓の音が心地いい。
大きく息を吸って爆豪の温もりに目を細めながら、握ったままだった手を強く握り直す。

「負けたって凹んだって自信なくしたって、私は勝己が好きだよ。どんな勝己だって私は好きだよ。でも、まぁ、勝己は最後には乗り越えて勝っちゃう人だからさ、」

上目遣いに爆豪を見上げ、呆気に取られた顔で固まる爆豪にみょうじは優しく笑った。

「そんな勝己の全部が好きだよ」

学校で何があったかは知らない。緑谷と何があったのかも知らない。ただ、爆豪がこうまでらしくない態度を取るのは、自分で自分を許せない時で、そんな風に爆豪が憤るのは、「負け」を感じた時だと、みょうじは思っている。
負けた自分が許せないのではない。
負けを認めた自分を、爆豪は嫌悪しているのだと。
普通の人間ならまずありえないが、爆豪は今まで、決定的な負けを知らない。どんな格上相手にも負けなかった、どんな難しい事でも簡単に出来てしまった、才能マンだからこそ、決定的な「負け」を感じ、それを認めてしまった今の自分が許せないのだろう。
難儀な生き方だと、みょうじは思った。そうしてそんな生き方が、爆豪らしいとも思った。
言ってしまえば彼はどこまでも真っ直ぐなのだ。真っ直ぐ真っ直ぐ、綺麗なんて言葉を越えて、彼は真っ直ぐに、ただ強くある事を、ただ勝つ事を目指している。
だからヒトは彼に惹き付けられるし、自分も彼が好きなのだろう。

思案にくれていた思考を現実に引き戻したのは、身体が重力に逆らって浮き上がったからで、驚いたみょうじが事態を把握したのは爆豪に押し倒された後の事だった。
乗っていた身体を持ち上げられてそのままベッドに倒されたのだと理解し、みょうじは顔の両隣に突き出された爆豪の手を見遣ってから、ゆっくりと爆豪を見上げた。
息を飲む。無表情な爆豪の顔。怒らせたとは思わなかった。
鋭い視線が突き刺さる中、爆豪の口許が僅かに開閉する。
結局言葉を溢す事をしなかった爆豪の代わりに何かを言おうと口を開いた。
素早く爆豪の掌で口を塞がれ、その上から爆豪の唇が降ってくる。
数秒の沈黙の後、きつく抱き締められたかと思えば捨てるようにベッドに投げられた。唖然としていたみょうじが上体を起こした時には、爆豪は何も言わずに鞄を肩に掛けて部屋を出ていく所で。
乱暴に閉められたドアがミシリと音を立てたのを聞きながら、これが嵐の後かと、小説の中に出てくる比喩表現を実感する。
大きく溜め息をついて唇を擦り、熱い掌の感触を思い出した。重ねられる事のなかった爆豪の唇は、あの掌よりも熱いのだろうか。

「……あー」

なげやりな声を上げて顔を覆う。
付き合ってもいない分際で、それを望む自分の浅ましさに苦い顔をしながら、みょうじは勢いよくベッドに寝転がった。
それにしてもと先程までの情景を思い起こし、無表情に“歪んだ”爆豪の顔を、それでも目に灯っていた熱量を、頭の中一面に思い描く。

「あんな顔までかっこいいとか反則だろー」

赤くなった顔を覆い隠して、みょうじはごろごろとベッドの上を転がった。
勢い余ってベッドから転げ落ち、その音を階下で聞いていた母親が微笑ましそうに目を細める。
後頭部をぶつけた痛みに呻いたみょうじの顔が破顔していたのはいうまでもない。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ