僕のヒーローアカデミア

□爆豪勝己
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「……どーしよっかなぁ」

高校から届いた通知書を眺めながらみょうじは静かに思案した。
幼馴染に告げるタイミングを逃して早半年。そろそろ言い出さなければ入学と同時にバレる事は必至であり、幼馴染がぶちギレる事も分かりきっていた。というか頭のいい幼馴染の事だ。入試会場にいなかった事も、入試を受けなかった事も、受ける気すらなかった事も、もしかしたら、というかぶっちゃけ絶対バレているに違いない。やべぇ超怖い。よくて罵声、悪くて爆破。どっちにしろ神経がすり減る事、間違いなしの憂鬱な展開を想像し、手にした通知書を睨み付ける。

「ってもなー…」

眉をしかめて頬を擦り、リビングのソファに深く凭れ掛かった。顔の上に通知書を被せて、目を閉じながら大きく溜め息をつく。うーんと唸るみょうじの耳に、玄関のドアが開く音と母親の帰宅を告げる声が届いた。

「ただいまー」
「…お帰りぃ」

呻くような出迎えの声は聞こえていないだろう。所在を確かめる母親の声に返事をする気も起きない程、みょうじは上の空だった。

「ちょっとなまえ?いないの?」

怪訝な母親の声と共に、リビングのドアがゆっくりと開いた音がする。通知書を顔に被せたままひらひらと手を降るみょうじに母親が唇を尖らせて嘆息した。

「もう。いるならいるって言いなさい」
「んー」
「んー、じゃないの。まったく誰に似たんだか。きっとパパね」

文句を言いながら母親がパタパタと台所に消えていく。リビングのドアが閉まる音が聞こえ、その遅さにみょうじは違和感を覚えた。ゆっくりと開いた瞼の上。紙越しに影が覆い被さる様子が見てとれる。

「あぁ。そうそう、なまえ」
「んー…?」
「勝己君来てるわよ」
「……」

来訪を告げる母親の言葉と共に、顔に被せていた通知書が奪われた。ワインレッドの瞳と逆立てた薄い金髪が目に入って、みょうじは反射的に片手を顔の前に構える。
派手な爆発音と共に熱が散った。
もう一撃を予想していたみょうじであったが、顔の前に突き出されたのは高校から送られてきた通知書の表面で。
[“賦天高校”ヒーロー科合格通知]と銘打たれたそれを手にした爆豪が、みょうじの眼前に押し付けるように紙を揺さぶった。

「どういうつもりだ、てめぇ」
「……」

まごついた両手を胸の前に構えて言葉を探すが、「いやぁ、そのぉ」とどうにも言葉にならない。ジリジリと詰め寄ってくる爆豪から逃れるように、みょうじはソファの上を移動して立ち上がった。

「逃げんな」
「逃げてない逃げてない。ちょっと、ほら、だって、ここじゃ、あれだ。母さんいるし。部屋行かない?」
「……チッ!」
「い"っ"!?」

勢いよく脛を蹴飛ばした爆豪が勝手知ったるとばかりに、二階へ続く階段の方へ歩いていった。ソファの上で悶絶する娘を見て、母親はクスクスと笑っている。人でなしか。

「相変わらず仲良しねぇ」
「………どの辺が?」
「昔の光己ちゃんみたいよ。勝己君、お母さんに似たのね」
「勝己ん家のお母さんあそこまで乱暴じゃないじゃん」
「そう?よく似てるわよ。カワイイ所とか」
「カワイイ…」

お世辞にも人相がいいとは言えない爆豪の何処にかわいさを見出だしたのか、我が親ながら考えている事がこれっぽっちも理解できない。ニコニコと笑いながらお茶とケーキが乗ったトレーを持った母親に急かされ、みょうじは渋々ソファから立ち上がった。
とてとてと近寄ってきた母親からトレーを受け取り、その上に乗ったショートケーキとガトーショコラを交互に見やる。

「わざわざケーキ買ったの?」
「勝己君が持ってきてくれたのよ。私とパパの分も」
「へぇ」

見てみて、と白い箱に入ったケーキを見せびらかす母親にトレーを受け取ったみょうじは大きく溜め息をついて踵を返した。
ノロノロと二階へ上がっていくみょうじを見送った母親は口元に手を当てて楽しそうに笑みを浮かべる。

「アプローチは光己ちゃんの方が押せ押せだったかしらねぇ」


・・・

自分の部屋の前まで辿り着いたみょうじは大きく深呼吸をしてからドアを捻った。部屋の中へと足を踏み入れたみょうじの目に入ったのはベッドの上に腰掛けている不機嫌丸出しの爆豪の姿で。
顎をシャクって目の前に座るよう促されたみょうじは抵抗らしい仕草も見せずに小テーブルにトレーを乗せて爆豪の目の前に正座した。

「どういうつもりだ?」

とびきり低い声で再度疑問の言葉をぶつけられ、みょうじは困った風に頬を掻く。

「……いや、何と言ったもんか、」
「…雄英の入試受けてすらねぇだろ、てめぇ」
「…………あー、…………うん、いや、まぁ」

煮え切らないみょうじの発言に、ビキリ、と爆豪の額に青筋が浮かんだ。飛び付くように近寄った爆豪はみょうじの胸ぐらを片手で勢いよく掴んで、もう片方の手を脅すように発火させる。

「取り敢えず落ち着こう。勝己」
「止まって欲しけりゃ俺が納得する理由を言えや」
「……………………」
「出るわけねぇよな。よし殺す」
「待った待った待った待った」

振りかぶった爆豪の手を掴み、個性を使って熱を吸収する。勢いを失って鎮火したそれを見た爆豪が、苦虫を噛み潰すような顔で顎を上げた。
無言のまま降り下ろされた額が勢いよくぶち当たり、視界でバチリと火花が散る。クラクラとする頭を押さえて踞まったみょうじへ、グシャグシャに丸めた合格通知を爆豪が投げ付けた。怒りに任せて立ち上がり、食い殺さんばかりの勢いで吠える。

「雄英受けろっつったろが!!」
「……っいや、だから、」
「そんなに俺といるのが嫌かよ!!」
「っんな事な、……あー、やべ。ちょ、マジで痛い。勝己の頭突きマジ痛い」
「真面目に聞けや、クソボケ!殺すぞ!!」
「んな事言ったって痛いんだもんよっ」

ヒリヒリと痛む額を擦ったみょうじは数秒呻き声を上げた後、大きく溜め息をついてから爆豪を見上げる。感情の昂りがはっきりと目に見えて分かる程苛立っている爆豪は「怖い」の一言で片付かない位に荒れていた。

「雄英受けなかったのも嘘ついたのも悪かったと思ってるよ。本当にごめん。でも別に勝己といるのが嫌とかそういうんじゃないから」
「あ"?」
「あーもう威嚇してくんなってば。確かに別の高校選んだけど、近場だし。そんな怒る事なくない?小、中だって別だったじゃん」
「…………かよ」
「え?何て?」
「…高校ぐらい一緒になると思ってたら悪ぃのかよ」
「……」

絞り出すように呟いた爆豪は心底不機嫌そうな顔で眉をしかめてみょうじを睨んだ。間抜けな顔をして黙ったみょうじは数拍遅れて「え?」と口元に笑みを浮かべる。

「笑ってんじゃねぇ、ブス」
「いやごめん。だって、勝己。…………そんなに私と同じ高校が良かったん?」
「あ"ぁ?んな訳あっかボケ!!」
「いやいや、だって今の言い方はそうじゃんっ。えっ、マジッ?マジでっ?」

からかう様な声音で言ったみょうじは目に涙を浮かべ、腹を抱えて大笑した。
上機嫌なみょうじに爆豪の怒りのボルテージが刺激される。

「勘違いしてんじゃねぇぞ、ドブス!!手下がボスの側にいるのは当たり前のこったろが!!」
「あっはは!それ久々に聞いたっ。ちっさい頃ヒーローごっこしてた時そんな設定だったよねっ!やべ、超腹痛いっ!」

ゲラゲラと笑い転げるみょうじを見下ろしていた爆豪の顔から、徐々に表情が消えていく。気付かず腹を抱えて仰向けのまま寝転がっていたみょうじの上に爆豪がゆっくりと覆い被さった。
掲げた片手に、これまでとは比べ物にならない程の爆炎が発生しており、みょうじは笑うのを止めて両手をクロスさせる。

「ごめん、勝己。私が悪かった」
「今更遅ぇ」
「ぎゃー!燃える燃える!!顔燃える!!」

眼前に突き出された爆炎を撒き散らす爆豪の手を掴み、みょうじが叫んだ。爆破の個性を持つ爆豪の手を躊躇いなく掴むのは、みょうじの個性が吸収を旨とするものだからに他ならない。それでも怪我をした事がない訳ではないのだが。みょうじが爆豪の手を掴むのに、戸惑う様子は一切見られない。
爆炎が収まった爆豪の手を握り締めながら、みょうじは小さく笑みを溢した。そんな様子に毒気を減らされた爆豪は、やや不機嫌そうではあるものの、幾分声質を和らげてみょうじに問いを投げ掛ける。

「……で、何で雄英受けなかったんだよ」
「ん?……あー、だって勝己と一緒のとこ行っても意味ないじゃん」
「あ"?」

メラ、と揺らめく爆炎を上から手を重ねて吸収する。色白な見た目と違い、分厚い男らしい掌を撫でながら、みょうじがポツポツと理由を溢した。

「勝己といたら勝己に守ってもらうのが当たり前、みたいになるの目に見えてるからさ。そういうの凄い嫌だし、それじゃあ私がヒーロー目指した意味もないし」
「……」
「まぁ、ね。うん。一緒の高校行きたいって気持ちは本当、かなりあったよ。あったけどさ、勝己が、私に期待してくれてるのに、私が勝己の期待を裏切る訳にはいかないじゃん」

じわじわと熱を増す爆豪の掌を撫で擦ったみょうじは指の間に自分の指を絡めて爆豪の手をきつく握った。慈しむように手を見つめていた視線を、呆けた顔をしている爆豪に合わせる。

「高校卒業して、プロ事務所入って、その内、勝己が独立したら、…………あー、まぁ。その時、勝己が私を必要としてるかは分かんないけどさ。一緒にいてもいいかなぁ、って思ってくれたら、ちっさい時みたいにバクゴーヒーロー事務所誘って欲しい、かな」

照れくさそうに笑ったみょうじに、爆豪が大きく舌打ちを溢した。絡めた片手を強く握り返され、覗き込んだ瞳の力強さに心臓が大きく脈を打つ。

「俺がお前を手離すわけねぇだろ。お前はずっと俺のもんだ」

不敵に笑った爆豪は、言葉の最後を「浮気しやがったら殺す」と締め括って何事もなかったかのようにみょうじの手を離した。小テーブルに置きざりになっていたショートケーキに手をつけ、上機嫌に頬張る爆豪を見やり、みょうじはへらりと笑みを溢す。
確約のない未来に、光が射し込んだ瞬間だった。





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