ダイヤ短編

□轟雷市
1ページ/1ページ


最早、スクールバッグと化しているワンショルダーのエナメルバッグに教科書やら筆箱やらを突っ込んで教室を出た。
二階から一階に降りて昇降口へ続く廊下を歩けば、前方に見覚えのある後ろ姿を発見する。
とっとと歩くペースを早めて羽交い締めするように肩に手を回し、にっと笑って余った片手をひらひらと振った。

「おっす」
「!……!…みょーじ、先、パイ…!」

かぁっと耳まで赤くなった顔の口角は上がっている。試合の時の好戦的な表情とは違い、年相応というか、妙に年上心を擽る笑みにほっこりしながら組んだ肩から手を離す。

「今日も部活?」
「う、は、うす!」
「だよなー。一緒にどっか行けたらなーとか思ってたけど、あーあー、放課後ぼっち決定」
「!……す、ごめん、な、さい…?」
「……冗談だよ、ジョーダン」

野球部お揃いのエナメルバッグの肩掛け部分をぎゅっと握り締める雷市の頭をポスポスと撫でる。
寂しくてつい意地の悪い言い方をした自覚はあるが、悪くない事でも素直に謝る雷市の顔見たさに言ったのもまた事実だ。
性格歪んでんなぁと心の中で独言し、鼻唄まじりに雷市と並ぶようにして廊下を歩いていれば、昇降口に着いた辺りで急に手首を引っ張られて目を丸める。
僅かに背の高い雷市を見上げ、「どした?」と首を傾げると、雷市は赤い顔を耳まで染めて「あ、う」と口ごもった。
痺れを切らさず言葉を待ち、雷市の口元に視線を向ける。
ぎゅっと引き結ばれた口が大きく開いて「あ、の!」と音を発した。

「練、習!見て、って、くれたら!一人じゃ、ない、!」
「……え、見てっていいの?」
「!」

大きな動作で首を何度も縦に振った雷市は一瞬にして一年の下駄箱の方へすっ飛んでいったかと思うと、正面玄関の前に立ち早く早くと手招きをしている。ハイスピード、と内心で呟いて下駄箱から靴を取り出し、雷市の側へ寄った。

「口説いけど、邪魔になんない?」
「サナーダ先輩の!応援の人とか、いるし、…それに、!」
「?」

本日二度目。ぎゅっと掴まれた手首の熱は先程よりも熱かった。真っ赤な顔で微笑んだ雷市ははにかみながら口を開く。

「みょーじ、先輩がいて、くれると、俺が、嬉しい!」
「…………」

面食らってよろけて正面玄関のドアにぶつかった。物凄い音をたててぶつけた後頭部を擦り、わたわたと慌てる雷市に「大丈夫大丈夫」と声を掛ける。

「でも、不意打ちはズルいわ」
「?……?」
「いや、何でもない。うん。…行こっか」
「!うっ、す!」

キラキラと目を輝かせて、善は急げとばかりに駆け出した雷市は手首をぐいぐいと引っ張ってグラウンドへと赴いた。
着いた途端、先に来ていた三島に「あの雷市が女と!?」と驚愕され、同級生の真田に「お前らってそうだったの?」とからかい混じりに問い掛けられる。
意味を理解していない雷市は疑問符でいっぱいの頭を左右に傾げ、みょーじを見下ろした。
一人矢面に立たされた事を察し、野球部の面々から注がれる好奇の視線に溜め息を吐きながら、ぼやくように口を開く。

「私なんかに付き合わせたら、雷市に悪いでしょうが」
「!俺、みょーじ先輩と一緒なの、楽しい!」
「………」

純粋無垢な視線で断言され、困り果てて顔を覆う。強く握り締められた手首から伝わってくる熱さが顔にまで登り詰めて茹で蛸のように熱かった。

「嘘じゃない、!」
「あぁ、うん。大丈夫。分かってる」

沈黙を否定的に取ったらしい雷市が力説するように掴んだ手首をいっそう強く握る。これ以上は羞恥に堪えきれそうもなく、手を離して貰おうと顔を上げれば「お前ら何遊んでんだー」と野球部の監督にして、雷市の父親でもある雷蔵がグラウンドから顔を出した。
なんつータイミングだと頭を抱えたくなりながら、目が合った雷蔵に視線を注ぐ。
仲良くお手てを繋いで立っている息子とみょーじを見た雷蔵は数秒固まった後に真剣な顔でみょーじに近寄り、肩を掴んで親指を立てた。

「孫は一姫二太郎だな!」
「色々ぶっ飛びすぎてませんか」
「雷市の事、よろしくな!」
「話聞けよ」

半ば成り行きで親公認の仲に発展しかけている事に後ろめたさを感じ、未だに要領を得ていない雷市を仰ぎ見た。ぱちくりと目を丸めて笑顔のまま首を傾げている雷市に「このままだと私が彼女になっちゃうぞ」と忠告すれば、雷市の顔がぼっと赤くなる。

「ほら見ろ、雷市も満更じゃなさそうじゃねぇか」
「女性経験ないだけでしょうよ」
「あーん?ウチの息子の何が不満だってんだ?」
「いや誰も不満だとは言ってないですし。つか本当に人の話、聞けよ、マジで」

なげやりに呟いて溜め息を一つ。掴まれた手首からじわじわと伝わってくる汗の感覚にみょーじは再び雷市を見上げた。視線を右往左往させながら、「あ」とも「う」ともつかない声を上げる雷市に回りの視線も集中する。

「俺、は…、」

絞り出すように出た言葉がなんだか無理をしているように感じられて仕方がない。不憫に思って言葉を遮ろうとしたみょーじは、雷市の真剣な眼差しに射ぬかれて息を飲んだ。

「俺は、みょーじ先輩、好きだから、一緒に、いてくれるの、嬉しい」
「…………あ、うん」

予想だにしない言葉にフリーズしかけた脳が返せたのはそれだけだった。数秒の間を置いて「お前そこは結婚してくれくらい言えよな」と雷市の頭を小突いた雷蔵にハッとなって「だから色々すっ飛ばしすぎですって」とツッコミを入れる。
「チクショウ!雷市に負けた!」と喚く三島に、何に負けたんだと問い掛ける間も無く、親よりも親らしい笑みを浮かべた秋葉に「雷市をよろしくお願いします」と鼓舞された。
事の様子を始終楽しんで見ていた真田は目に涙を浮かべる程笑っており、後で尻を蹴り飛ばしてやろうと秘かに心に決める。
何だかんだともみくちゃにされつつも手首を掴んで離さない雷市に呆れながら、まぁ成すがままにされてる私も私かと独り言ちて息を吐いた。



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ