ハイキュー!!

□天童覚
2ページ/2ページ




「天童なんか入れてやんねぇよ」


べーと舌を突き出した男の子が横にぶっ飛んだ。
顔には小さな拳がめり込み、ふんぞり返って男の子を見下すように睨むのは、いつだって幼馴染みのみょーじちゃんだった。


「覚いじめてんじゃねーよ」
「っだってソイツが!」
「お前らより覚のが上手いってだけでしょ。ばっかじゃねーの」
「なんだよ、バレーできねぇくせに!」
「お前には関係ないだろ!」


よってたかってみょーじちゃんを取り囲んで服を引っ付かんで叩きに行ったクラブのメンバーはみんな片っ端からボコボコにされて、「母ちゃんに言いつけてやる!」なんて負け惜しみを言って逃げてった。

一人残った俺は、汚れた服の裾を払っているみょーじちゃんに近寄って、泥のついたほっぺを擦ってあげる。
嫌そうに眉を吊り上げたみょーじちゃんはぱっと俺の手を弾いて転がったランドセルを肩に背負った。その後を追ってみょーじちゃんの顔を覗き込みながら、俺はいつもと同じように、いつもと同じ言葉を呟く。


「俺は別に大丈夫なのに」
「覚がやり返さないのは分かってるけど、それだと私が気に入らないの」
「いつまでやるの?」
「……覚が友達作るまで」
「……じゃあ当分無理だね」
「そこは頑張るって言えよ」


べしんと俺の頭を叩いたみょーじちゃんは、次の日顔に大きな絆創膏を貼って登校してきた。昨日みょーじちゃんにボコボコにされたクラブのメンバーがクスクスと笑いながらみょーじちゃんを指差して笑う。
「兄ちゃんに言い付けてやってもらったんだ」なんて下らない事を自慢気に話す一人の顔を、俺はじっとりと見つめた。


「覚」
「……おはよ、みょーじちゃん」
「勝ったよちゃんと」
「……何に?」
「ケンカ。上級生にも負けなかった」


近所のケンカ教えてくれたじいちゃんに比べればチョロい。
真顔でピースサインをしたみょーじちゃんに、俺は目を丸くしてからプスッと笑った。弟の手前、喧嘩に負けたとは言えなかったのだろう。事情を知らないで馬鹿にしているクラブのメンバーが何やら酷く滑稽だ。


「みょーじちゃんは強いね」
「あったりまえじゃん」


にっと笑ったみょーじちゃんは、その後先生に呼び出されてたんこぶを作って帰って来た。
そんな事が小学2年から中学3年まで続いて、そして現在高校3年。

高校入学と同時にみょーじちゃんは俺の側を離れるようになった。
中学までは登下校も休み時間も一緒だったみょーじちゃんが、俺とは違う人と話をしている。
俺は俺で学生寮に入ってからはバレー部の面子と話すことが多くなって、自然とみょーじちゃんと話す機会は減った。減ったというか全然話さなくなった。
チクリともしないのは、俺にとってのみょーじちゃんの存在がその程度のものだったからなんだろう。

高校2年にはクラスが別々になって、話す機会は遂にゼロへ。
廊下ですれ違っても会話もしないし目も合わせない。
そんなもんだよね、と言うように俺とみょーじちゃんの関係は希薄なもんになっていった。

高校3年、初めて県内の試合で負けた。
17年間生きてきて、たぶん一番イキイキしてた二年半だったと思う。
体育館でストレッチをして、ロータリーに出れば、私服姿のみょーじちゃんが立っていた。
三年前と変わらない。スニーカーにジーンズにダウンジャケットなんて可愛いげの欠片もない格好で俺を真っ正面から見たみょーじちゃんは「良かった」なんて綺麗に笑って泣いた。

友達できて良かった覚が楽しそうで良かったバレー楽しそうで嬉しいバレー続けてくれて嬉しい好きなことやり通せて良かった最高のバレーに出会ってくれて良かった仲間ができて良かった。

泣きながらそう言ったみょーじちゃんを、俺は静かに抱き締めて小さな声で「ありがとう」と呟いた。
中学の頃、一度だけケンカに負けたみょーじちゃんは、その時に出来た傷が、今でも額に残ってる。
もう治らないと言ったそれを、みょーじちゃんは「名誉勲章だよ」なんて笑ってたけど、俺だけのだったみょーじちゃんにそんな傷を付けた奴が、俺は死ぬほど許せなかった。
ソイツに何をしたかなんて、きっと誰にも話せないだろう。


「ね、みょーじちゃん」
「何」
「これからはまた俺の事だけ考えて生きてよ」
「…………なんだそれ」


ドンッと俺の胸板を叩いたみょーじちゃんは、すっかり女の子みたいな身体になっていて、俺は柔らかいその手を見つめながらみょーじちゃんの言葉を待つ。
ずずっと鼻を啜ったみょーじちゃんは、ブサイクな顔で笑いながらこう言った。


「私はずっと覚の事しか考えてないよ」
「…………なぁんだ」


その程度の関係なんて言っておきながら、俺は何処かでわかっていた。すれ違ったあとみょーじちゃんが俺の事を見ていた事も、毎回こっそり試合の応援に来てくれていた事も。

ていうか、


「みょーじちゃんさ。一年の時に告白してきた山下くんとはもう二度と話しないでね。二年の時にちょっかい掛けてきてた結城くんにはちゃんとやめろって言ってね、なんなら俺が言ってあげるよ。それと今のクラスメイトの吉田くんには付き合えないって釘刺しといてね」
「……覚は相変わらず色んな事知ってるなぁ」
「妖怪サトリですから」


にっこり笑った俺がどれだけの独占欲を秘めているかなんて、小さい頃から一緒のみょーじちゃんが知るわけない。
ずっとずっとうまく隠してきたそれを、みょーじちゃんが知る日はきっと来ないだろう。

こんな醜い俺を見てもみょーじちゃんが離れない自信はあるけれど、それでもやっぱり。好きな子の前では泰然自若としていたいし、そっちの方が余裕っぽくてかっこいいから、俺はみょーじちゃんの額の傷にキスをしながらみょーじちゃんを抱き締めた。
満足のいくバレーが出来るのは、もうここ以外にはない。そして俺は、最後まで十分満足のいくバレーをここで堪能した。

後は「覚が友達作るまで」なんて自分勝手な約束事を有言実行して離れていったみょーじちゃんをこの手の中に取り戻すだけだ。


「ねぇみょーじちゃん」


俺の彼女になりませんか?





前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ