ハイキュー!!

□赤葦京治
1ページ/1ページ


「かっこいいですね」

そう褒められたから、私の髪はずっと真っ赤だった。
・・・


「おぉみょーじ。ちゃんと言うこと聞いてきたな」
「満足ですかクソジジイ」

真っ黒に染まった髪、というか元々の色に戻した私は凶悪な顔で悪態をついて生徒指導のジジ先生に拳骨を食らった。
体罰だなんだと喚いてみれば、ジジ先生は鼻を鳴らして「お前みたいな不良生徒の推薦入学取り付けてやった恩師になんつー言い草だ」と言ってくる。グゥの音も出ないとはこのことか。楽に進学先が決まったのは、確かにジジ先生が他の先生に声を掛けてくれたから成り立ったもので、でもだからってこれから卒業までの半年間「髪を染めずに無遅刻無欠席、バイト禁止で成績現在(学年上位)キープ」なんて鬼じゃなかろうか。

「頭と見てくれだけは良く出来てんだ。親御さんに感謝しろよ」
「褒めてんのか貶してんのか分からんですわ」
「真面目にしてりゃそれなりの評価もらえる見た目してるってこった」

バシンと背を叩かれて頑張れよと激励される。ジンジン痛む背中を押さえながら渋々頷けば、ジジ先生はにこやかに笑った。

「…あー、嫌われたらどうしよ」

黒くなった髪の毛を弄りながら溜め息を溢す。彼氏に褒められて染め続けていた髪の毛だったのに、今は見る影もない。

「似合ってたのに」
「何で黒くしちゃったんですか」

そんな言葉を想像すると、いつも放課後待ち合わせしている場所に行くのが辛くなった。
図書室が閉まる時間と、運動部が部活を終える時間は一緒である。
「受付終了」の立て看板を下ろした先生に促されて図書室から生徒が出ていく。のろのろと支度をした私は、待ち合わせ時間を5分過ぎたところで、図書室の前で溜め息をついた。

「よぉ優等生。あんま待たせてっと赤葦に愛想つかされるぞ」
「縁起でもないこと言うなよ木葉ぁ!」

今まさに悩んでいた事柄を言い当てられて、私は同じクラスの木葉に吠えた。小論の作文を書いていたらしい木葉は資料を鞄に詰めながら「悪い悪い」と大して心のこもっていない謝罪をする。

「赤葦が髪染め直したくらいでお前のこと嫌うわけねぇだろ」
「今日一番最初に「くそ似合わねぇ!」って笑ってきたのは何処のどいつだよ」
「あー、そういやそんなこと言ったっけ」

頬をかいて明後日の方向に視線を向けた木葉に私は大きく舌打ちして廊下を歩くスピードを早めた。今日ばかりは自主練を長くやっていってくれないだろうかと期待した程だが、先程からラインが鳴りやむ気配がない。

「赤葦からだろ。何て?」
「今何処ですかって」
「返事してやれよ」
「……会いづらいんだよ」
「じゃあ先帰ってって送ればいいだろ」
「…………それは、嫌じゃんよ」
「わけ分かんねぇ」

大袈裟な溜め息をついた木葉に私は小さく呻いた。帰れるもんなら一緒に帰りたいが、この髪を見られるのは少し不安なのだ。

「乙女心は複雑なんだって」
「乙女ってガラかよお前」
「っさいな、そんなんだから木葉は彼女出来ないんだよ」
「残念。今の彼女は付き合って一年立ちます」
「はぁ!?何それ初耳なんすけど!?」

大声を上げて「誰?誰?」と問い詰める私の鳩尾を軽く小突いて「ほら来たぞ」と木葉が前方を指差した。倣うように前を見れば、暗い廊下の奥に赤葦が立っているのが見える。

「頑張れよ」

ぐりっと頭を撫でられて木葉が前を歩く。赤葦とすれ違った木葉はひらりと手を振って赤葦と分かれ、赤葦は軽く頭を下げながら木葉を見送った。月明かりしかない廊下で、私はジャージ姿の赤葦と対面する。よくよく私の顔をみた赤葦が、ぴたりと足を止めた。
目を見開いて固まった赤葦に、何と声をかけたらいいのかが分からない。

「なまえさん、ですよね?」
「…ウン」
「どうしたんですか、その髪?」
「…………いや、あの」

聞かれたくないが絶対聞かれるであろうことを聞かれて私の心臓は大きく跳ね上がる。今日一日の間に散々聞かれた質問なのに、喉が渇いて言葉がうまく出なかった。

「ジジ先生に、学校の、推薦、してもらえる、条件が、これで」
「……あぁ、成程」

事情を察してくれた赤葦は止まっていた足を私の方に向けて歩いてくる。
反射的に後退りすれば、赤葦はムキになって私との距離を詰めてきた。

「何で逃げるんですか?」
「いや、だって、」
「木葉さんには触らせて、彼氏の俺は駄目なんですか?」
「う"っ、……いや、そういうわけじゃ」
「じゃぁ止まって下さい」

低い声で赤葦に言われ、私の足はピタリと止まる。我ながら単純だが、赤葦が満足そうに目を細めたので大人しく赤葦が目の前にやって来るのを待った。

「ちょっと勿体なかったですね」
「…………嫌いになりました?」
「まさか。ちゃんと好きですよ」
「……」

さらりと言ってのけた赤葦は私の黒く染まった髪を撫でながら「でもやっぱちょっと残念ですね」と困った顔で笑う。

「赤い髪のなまえさん。すっごく俺のって感じがして優越感あったんすけどね」

惜しいなぁ、せめて写真撮っとけば良かったですねと言われて、私は真っ赤に染まった顔を両手でおおった。

「赤葦はそういうとこズルい」
「分かっててやってますから」
「……卒業したら赤に戻す」
「別に今のままでもいいですよ」

頬っぺたを包んだ手の上から赤葦の手が被さって、顔を上に持ち上げられる。ますます赤く染まった顔を見た赤葦は「ほら」と得意気に笑った。

「髪が赤くなくても顔が真っ赤になりますから」

それで俺は充分ですよ。
誰もいない放課後の廊下で、赤葦が私のおでこにキスをした。顔中が沸騰したような感覚を覚えてあたふたとしている私に、赤葦がひどく可笑しそうに「リンゴみたいっすね」と言う。

「食べちゃいたい、とか言ったら驚きます?」
「……っあの、本当に、もう、心臓が持たないからっ、」
「からかいすぎましたかね、すみません」
「…………本当に思ってマス?」
「……バレました?」
「お前本当にいや」

膨れっ面をして視線を逸らした私の手をとって、赤葦が何食わぬ顔で歩き出す。
うすぼんやりと浮かぶ月が赤葦のことを綺麗に照らした。
所々跳ねた黒い髪を見ながら、これはこれでお揃いみたいでいいなぁと笑みを浮かべて赤葦と繋いだ手に力を入れる。
強く握り返された手に驚いた赤葦がこちらを見たので、私は「大好きだよ」と飾ることなく言葉を溢した。赤葦の顔は、昨日までの私の髪に負けないくらい赤かった。


@

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ