ハイキュー!!

□及川徹
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「及川さん、サーブ教えて下さい」
「やだね!」

心底嫌そうに眉間にシワを寄せた及川の顔は「ブサイク」と言う言葉がよくよく似合っていた。
今日の天候は雨。外を使う運動部があれこれ体育館に流れてくる関係で男子バレー部と女子バレー部は中央をネットで仕切って部活をしている。
普段は別々の体育館で練習している為、男子の練習風景を見るのは何だか新鮮で、女子には無いスピード感だとかパワーだとか、速攻やサーブが決まる度に女子バレー部からは歓声が沸いた。
及川に対してキャーキャー騒ぐ人間が少ないのは、あの性格の悪さをよく知っているからで、今も子供のように「バーカバーカ飛雄の下手くそー!」と後輩に向かって言っている彼に、こっちの1年部員が目を見開いて驚いている事は知りようもないだろう。

「名字一本!」
「ナイッサー!」

掛け声に後押しされてボールを宙に放る。コースギリギリ。ペットボトルが置かれたそこを綺麗に射ぬいたコントロールにガッツポーズが出た。

「今日もキレッキレだね!」
「あんがと」

部長に言われてピースサインで返せば、何やら刺さる視線を感じる。はて何処からだと辺りを見回す私の肩を、目の前の部長がちょんちょんと指で小突いて私の背後を指差した。「後ろ」と小声で囁く彼女の顔は頬がパンパンに膨らんでいる。

「?…………え」

振り返った先にいたのは仕切り越しに恐ろしい顔で私を睨んでいる影山だった。
何かしただろうかと視線を明後日の方向に向けながら考えるが身に覚えがない。
「あれ何?」と笑いを堪えている部長に聞けば、「聞いてみたら?」と勧められる。
あんな怖い顔をしている人間に話し掛けろとは、あまりにも殺生ではなかろうか。
一先ず見なかったことにして練習に集中するも、サーブだのトスだのを打つ度に刺さる視線は流石に耐え難かった。
結局影山の殺気のこもった視線は練習終了時間まで続き、私はいつもの倍、疲弊しながら自主練の準備に取り掛かる。

「女子もう終わりか?」
「自主練するから貸さないよ」
「そんなんじゃねぇよ。……その、今日雨だし、送ってくぞ」
「え、あ、ありがと」

部長と岩泉がそんな会話をしているのを耳に入れつつペットボトルをコートに並べた。帰っていく部員達を見送り、いざサーブ練と意気込んだ所で「あの」と声を掛けられる。影山だった。
宙に放る予定だったボールを両手に持ったまま、私は仕切りを潜ってくる影山を見る。誰か助けてくれと辺りに視線を向けたが、みんな挙って視線を逸らすと各々の練習へ戻っていく。薄情者が。

「…………ナンデショウ」
「サーブのコツとか、教えて貰えませんか」
「…………」

私なんぞに嘘だろと目を丸めて影山を見上げる。男子はやっぱでかいなぁと自分の平均より高い身長を棚上げしてボールをカゴに戻した。

「えと、何で私?」
「サーブが綺麗だったんで」
「…………お、ぉ、ありがとう」
「サーブ教えて下さい」
「…えと、…………アドバイス、くらいなら」
「!アザっす!!」

大袈裟に頭を下げられて肩をびくつかせる。やめてやめてとあわあわしていれば、影山はキラキラした目で「じゃああの」と質問を始めようとした。

「何やってんだよ飛雄ちゃん!」

体育館中に響く大声を出した及川は、入り口の所で目をかっ開いて仁王立ちしている。
先程からいないと思っていたが、顔でも洗いに行っていたのだろうかと思案していれば、イケメンフェイスを台無しにした及川が鬼気迫る表情で影山に詰め寄っていった。

「?どうしたんすか及川さん」
「どうしたんすかじゃないから。何でお前がみょーじと仲良くお話ししてんの」
「?いや、俺はただみょーじ先輩にサーブのコツを」
「そうやって言い寄ってみょーじと仲良くなろうったってそうはいかないからね!みょーじは俺が先に好きになったんだから!」
「え、及川さんってみょーじ先輩のこと好きなんですか」
「そして毎日フラレているんだよ、飛雄君」
「毎日?」
「触れてやるな、影山」

先程まで仕切り越しに話し込んでいた岩泉と部長がやってきて余計なことを影山に吹き込む。半年前、「好きなんだけど付き合わない?」なんて台詞を複数の女の子を背後に従えて堂々と言い放った及川はまぁある意味大物だと言えようが、私の感性にはヒットしないどころかマイナスイメージであった。
「丁重にお断りしますナンパ野郎が」と絶対零度の視線で切り捨ててからというもの、ことあるごとに「好きだよ」だとか「付き合おう」だとか「デートしよう」だとか言ってくる及川に最近では面倒になって「断る」の一言で済ませている。

「岩ちゃんの馬鹿。俺の沽券に関わるようなこと暴露しないでよ!」
「いや、暴露したの俺じゃねぇし」
「何だよ何だよ!自分には彼女が出来たからっていい気になりやがって!岩ちゃんのブサイク!ゴリラ!」
「お前には言われたかねぇよ」

背後からキックをかました岩泉に及川が半泣きになって「みょーじ〜!」と両手を広げてきた。
「汗臭い」の一言でピタッと止まった及川は目を見開いて自分の着ている練習着の匂いを嗅いでいる。

「さっき部室で制汗スプレーめっちゃまいたのに!」
「はぁ?おめぇふざけんなよ。部室入る時気持ち悪くなんだろ」
「男の嗜みでしょ。あ、いつも汗だくのまんま帰る岩ちゃんには分からないか!」
「黙れようんこ野郎」
「ひどくない!?」

ぎゃいぎゃいと言い合いを始めた幼馴染み二人をほかして私は影山にサーブのアドバイスをすることにした。
口にするのは簡単だが、サーブはやっぱり感覚がものを言うので、最低限の筋力つけるために、トレーニングは何がいいとか練習方法はこんな感じのがいいとか、そんな簡単なことしか教えてあげられなかったが、影山は大変興味深そうに頷いて熱心に話を聞いてくれた。いい子だなぁというのが素直な感想である。

「何で及川が影山にあぁまで冷たいのかが分かんない」
「及川はなまえと違って自分より才能ある子妬む奴だから」
「つまり器が小さいと、」
「ちょっとみょーじ聞き捨てならないんだけど!及川さん、器だけは大きいよ!彼女になってくれたらそりゃもうめちゃくちゃ優しくするよ!好きだよ!」
「器大きいって言うのは岩泉みたいな奴のことだと思うけどなぁ」
「流石なまえ。わかってるね!」

彼氏を褒められて嬉しいのだろう。笑顔で親指を立てた部長に、岩泉が背後で悶絶していた。
わかるわかる、かわいいよね。

「みょーじ先輩、良かったらまた相談してもいいすか」
「いいよー。あぁ、じゃあせっかくだし番号交換しない?」
「!いいんすか」
「うん」
「俺が聞いたときは断ったくせに!!」
「及川は下らないことで連絡取ってきそうでなんかやなんだよ」
「「あー分かる分かる」」
「3人ともひどい!!」

床に四つん這いになった及川にくすくす笑って紙に電話番号とアドレスを書いて影山に渡す。
「いつでも連絡してくれていいから」と言えば、影山は目を輝かせて「うっす」と小さく笑った。

「影山は可愛いねぇ」
「俺の方が……」
「及川うるせぇぞ」
「及川見苦しいよ」
「及川は影山の素直さ見習おうか」
「なんで3人は俺にそんな辛辣なの!?」
「及川さんはすげぇ選手ですよ」
「今そのフォローいらないから!」

チクショウなんだよもぉぉ!と嘆く及川の声を最後に、私達は各々の自主練へと戻った。といってももう夜も遅いし、そろそろ帰らないと先生に怒られてしまうだろう。
及川を引き摺っていった岩泉は「練習の邪魔して悪いな」とさり気ない気遣いまでみせて流石と言うしかない。

「みょーじさ、いい加減返事してあげたら?」
「返事ならしてるじゃん」
「じゃなくてさー」
「?何?」
「満更嫌いでもないでしょ?」

及川のこと、と部長に笑われ、私はバツが悪くて目を逸らした。

「私も好きって言い返すタイミング逃しちゃうとかなまえらしいよねぇ。素直さ見習わなきゃいけないのはなまえも同じじゃない?」
「分かってるよ」

困った顔で嘆いて練習を切り上げる。当たり前のように待っていた及川と岩泉に思わず溜め息が溢れた。

「少しは素直になりなよ?」
「…………ガンバリマス」

まずは連絡先教える所からかなぁと頭の中で考えて、目の前でにこにこと笑う及川を見上げる。
きれいな顔で「一緒に帰ろ」と傘を差し出され、胸の奥がきゅんとときめいた。
あーあー、好きって言えたらなぁ。
毎日のように思っていることを今日も心の中で嘆きながら、自分の傘を差した私は及川と並んで帰路につく。

「え、いいの?一緒に帰ってくれるの?」
「たまにはね」
「……っもう、みょーじホントに好き!」

心底嬉しそうに言う及川に私も好きだよと言うにはまだ度胸が足りなくて、言葉にする代わりに私は少しだけ及川との距離を詰めて歩き出した。


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