ハイキュー!!

□黒尾鉄朗
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ふいに目をやった先に赤いスマホが置いてあった。東京の駅のベンチに置きっぱなしだなんてこのご時世に中々不用心である。

「数字4桁、ね…」

ひょいっと拾ったそれにはまぁやはりロックが掛かっていて、さてどうしたもんかと手の中でスマホを持て余す。
不在着信が大量に表示されているのは、持ち主が無くした事に気付いている証拠だろう。
ニャホンとかふざけた音が鳴って、ライヌの通知画面が表示された。
「研磨」からの通知は簡潔で、数字が4つ書き込まれている。
迷うことなくパスコードにその数字をタップすればロック画面が開いた。
不在着信の中の研磨を選択して相手が出るまで3、2、1。

「もしもし!?」
「…………赤いスマホ拾った者ですが」
「スマホ落としたモンです」
「駅のベンチに置きっぱでしたよ」
「うっわ、マジか」

俺馬鹿じゃん、と嘆く声がスマホ越しに響いて、私は学校への道のりを進みながら「災難でしたねー」なんて声を掛ける。

「すみません。学校終わったら取り行くんで駅の係員の人とかに渡しといて貰えますか」
「学生が1日携帯いじれないとか辛くないすか?」
「いや、まぁそうですけど」
「届けますよ、つーか、学校同じですよね」
「え?」
「バレー部の黒尾君でしょ?」
「え、は?」
「2年時同じクラスだったみょーじだけど、覚えてる?」
「え、みょーじ!?」

ガタゴトとスマホを取り落としたらしい黒尾君。電話越しに「ちょっとクロ」と低い声で圧を飛ばしたのは恐らく「研磨」君だろう。

「……もしもし」
「バレー部まだ朝練中だよね、良かったら部室まで届けるよ」
「いや、……あー、おう、頼む」
「後さ」
「ん?」
「黒尾君って誕生日いつだっけ?」
「……………11月です」
「だよね」

記憶違いでなければ黒尾君の誕生日は11月17日で間違いないはずだ。てことは彼女か誰かの誕生日だろうかとアタリをつけて、偶然の一致にははっと笑う。

「いやさー、暗証番号私の誕生日と一緒だったから、凄い偶然だなぁって思って」
「……ソウデスネ」
「……研磨君の誕生日?」
「ちげぇよ」
「じゃあ彼女か」
「もっと違いますし、彼女は2年の終わりからいませーん」
「あれ、別れちゃったの?1年の時に付き合ってた子。可愛かったのに」
「バレーと私どっちが大事なのよぉってビンタ一発貰って別れましたけど何か?」
「これは失礼致しました」

いつもなら真っ直ぐ向かう校舎を逸れて体育館へと足を運ぶ。鍵の掛かったドアを遠目に確認してからバレー部の部室に進路を変える。
ドンドンと部室のドアを叩けば瞬く間に制服姿の黒尾君が出て来てドアを閉めた。

「彼女ですかクロさん!?」
「マジっすか!?さっすが!!」

なんて声が聞こえてきたが、「途中まで一緒に行こうぜ」と黒尾君の笑顔に黙殺されて大人しく黒尾君と並んで校舎へ向かう。
道すがら黒尾君のスマホを手渡せば、彼は「悪かったな」と戻ってきたスマホをチェックしていた。

「いじってないよ」
「分かってるって。みょーじはそういうことするタイプじゃねぇしな」
「そりゃどうも」
「いえいえ、本心ですカラ。お礼になんか奢るぜ」

下駄箱で上履きを取りながら黒尾君が言う。気にしいだなぁなんて思いながら「別にいいよ」と返せば、黒尾君は顔に笑みを浮かべて「まぁそう言わず」と私の一歩前に出た。

「俺の気が済まないからさ。助けると思って、な?」

小首を傾げて困った風に笑った黒尾君には譲る気配が微塵もない。こうまで言ってくれる人の意見を跳ね退けるのは何だか申し訳なく思えるので、私は目の前に見えてきた自販機を指差した。

「じゃあジュースでいいや」
「安上がりー。ファミレスとかカフェのパンケーキとか色々あんじゃん」
「黒尾君部活で忙しいじゃん」
「休みの日に行きゃ関係ないだろ」
「そこまでの大恩でも無くね?」
「そこまでの大恩ですよ、俺にとっては」

ぐりっとナチュラルに頭を撫でた黒尾君は「てことでジュースは却下な」と自販機の前を通りすぎていく。その扱いに手慣れている感が女性と付き合った回数を物語っているようで「大人だなぁ」となんだかとても感心した。

「何か食いたいもんある?」
「じゃぁラーメンで」
「色気ないな」
「私は色気より食い気が勝つかな」
「へー、女子って皆無条件で甘いもん好きなんだと思ってたわ」
「あー、付き合ってた子がそんな感じだったんだねー。皆きっと黒尾君にちょっとでも可愛いと思って欲しかったんじゃないかな。好きな人の前でラーメン食いたいとか言いづらいと思うよ」
「……みょーじもそんな感じ?」
「?そんな感じって?」
「好きな人の前ではラーメン食べたいとか言わないの?」
「あー」

言われてどうだろうかと考える。カフェでパンケーキを食べている自分とラーメン屋でラーメンを頬張っている自分を想像すれば答えは明らかだった。

「私はあんま気にしないかな。幻滅されたらまぁちょっとはヘコむけど」
「俺はしないからネ?」
「黒尾君はそういうタイプじゃないしね」
「……ドーモ」
「いえいえ、本心ですんで」

にっと笑って黒尾君を見上げれば、彼は困った風に笑って「じゃあラーメンな」とスマホを掲げて立ち止まる。

「連絡取りてぇからライヌ教えて?」
「うん」

お互いスマホをフルフルして「てつろー」と入ってきたそれを「黒尾君」に直して友達追加した。
アイコンがサンマの塩焼きで一言メッセージが「秋刀魚」なことに思わず噴き出す。

「黒尾君てサンマ好きなんだね」
「そ、身とかめっちゃ綺麗にほぐせるぜ」
「そんな彼氏いたらいいなぁ」
「なったげよっか?」
「黒尾君と私じゃ月とすっぽんだからなぁ」

「月」と言いながら黒尾君を指差して「すっぽん」の所で自分を指差す。黒尾君はすらすら冗談が出てくるから凄いよねぇなんて笑っていれば、「冗談に聞こえた?」とワントーン落ちた声が上から響いた。

「え」
「茶化しながら言った俺も悪いけどさ、割と本気だったんだけど?」
「………あ、そう、なんですカ」
「そうなんです」

真剣な黒尾君の目に見られて顔ががっと熱くなる。
手にじんわりと汗をかいて思わず俯けば、黒尾君は短く笑ってぎゅっと私を抱き締めた。

「あの、」
「今誰もいねぇから」

人に見られては困ると慌てる私に黒尾君は釘を刺してから抱き締める力を強くする。

「みょーじ」
「う、あ、ハイ」
「俺のこと好き?」
「…………う、うん。と、友達だし」
「俺はお友達からもう一歩前進したいんだけどなぁ?」

ニヤニヤと笑う黒尾君は質が悪いと心底思う。絡めとるのが上手いというか、崩落させる術を知っているというか。

「落ちない理由が見つからない」
「そりゃ嬉しいね。まぁでも俺はみょーじの誕生日スマホの暗証番号にするくらい好きだけど」
「…………う、うわぁ、うわぁ」
「え、引いた?」
「いや、……どっちかっていうと」

嬉しい、なって、どもる私に黒尾君は心底嬉しそうにはにかんだ。あぁ、カッコいいと思うのは惚れてたからかなぁ。

「んじゃま、まずは今度の休みにデートしようぜ」
「ラーメン食べに行くのがデートですか」
「気にしないって言ってたじゃん」
「まぁそりゃそーだけど」
「俺はみょーじの飾りっ気ないとこ好きだよ?」
「………………アリガトウゴザイマス」
「顔真っ赤」

からかうように笑われて手を離される。背中に回せなかった手を今更ながらに後悔して、教室に入っていった黒尾君を見送った。
直後届いた「好きだぜ」なんてラインに顔を覆った私を、同じクラスの海君が見つけて「おめでとう」なんて微笑まれれば、私は「ありがとう」と返すしかない。

「付き合うんでしょ?」
「……うん」
「黒尾の片想いも長かったなぁ」
「え」
「黒尾は2年の時からみょーじさんの事好きだったからね」

「黒尾には内緒だよ?」といたずらっ子のように言った海君に、顔の熱が益々上がって両手で頬を挟み込む。
緩む顔が戻らなくてどうしようかと思ったが、胸に満ちる幸福感に、私はへにゃりと笑みを溢した。



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