ハイキュー!!

□赤葦京治
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「いや、本当に助かったわ。ありがと」
「どういたしまして〜」
「気にすんな」
「よかったなぁ、見つかって」

厳しい練習の後にカギを探し回ってくれたバレー部の皆に頭を下げた。
野生の勘を遺憾無く発揮した木兎が植え込みからカギを探し当てた時の感動といったら、皆が拍手喝采で「きゃ〜、猛禽類〜」と木兎をよいしょした程である。
今度お礼にアイスでも差し入れしよう。
残って自主練していくらしい彼らにもう一度お礼を言ってから私は駐輪場へ向かった。かおりちゃんと雪絵ちゃんは帰る方向が同じなので、二人仲良く手を振って帰っていった。
私もさっさと帰んないとなぁとカギを差し込み自転車に股がる。

「みょーじさん」
「うお!?……っ赤葦、君」

女子らしからぬ奇声を上げた私は真後ろに立っている赤葦君を見上げた。自主練はどうしたのだろうかと、未だにうるさく音を立てる心臓を押さえながら小首を傾げれば、ジャージ姿の彼はサドルを握って言った。

「送っていくんで少しだけ待ってて下さい」
「……え、い、いいよ。チャリだし」
「もう遅いですし、危ないですから」
「いや、でも自主練するって……」
「木兎さんにはもう言ってあるので大丈夫です」
「…………」
「待ってて下さいね?」
「…………あぁ、うん」

凄むように言われては頷かないわけにはいかなかった。心細かったのは事実であるし、お言葉に甘えて待たせてもらおう。
自転車のスタンドを戻した私に赤葦君は小さく頷いて「すぐ着替えてくるんで」と駆け出していった。
急がなくてもいいと声を掛けたが、赤葦君の事だから早めに戻ってきてくれるのだろう。
ここまで良くしてくれる後輩にあやかりっぱなしでは何となく居たたまれない。思い立った私はカギを差した自転車をそのままにその場を離れた。
時間にして10分も立っていなかったと思うのだが、駐輪場には赤葦君が手持ち無沙汰に立っている。

「ごめん赤葦君」
「あぁ、良かった。何処へ行ったのかと」
「ちょっとねー。はいこれ、お礼」

差し出したのは自販機で買ってきた紙パックのいちごみるくだった。
食い入るようにそれを見つめる赤葦君はややあって私に視線を戻すと「ありがとう御座います」とお礼を言う。
すみませんと言わない所がポイントが高い。

「試合面白かったよ。なんか凄いな。赤葦君かっこよかったし」
「あぁ、どうも」
「お世辞じゃないからね?」
「あ、木兎さんがよくみょーじさんの事を話しているのでそれは分かります」
「待ってアイツ何言ってんの」
「ノリがよくて嘘を言わないとか、優しいとかですかね。いい奴だってよく言ってます」
「うわー、何それハズかしい」

預かり知らぬ所での賛辞に熱くなった顔を手で覆う。
「実際、話してみてその通りだなって思ったんで」なんて追い討ちを掛けてくる赤葦君はタラシの才能があるに違いない。

「褒められなれてないからやめて」
「そうなんですか?良い所沢山あるのに」
「それをやめろって言ってんのね?」
「すみません、つい」

くすりと笑う赤葦君に悪びれた様子はなかった。溜め息をついて「年上はからかうもんじゃないよ」と言い置きながら、スタンドを蹴って荷台を叩く。

「?あの」
「乗ってきなよ」
「…………え?」
「こんだけ遅かったらバレないバレない」
「いや、そういう問題じゃなく」

すっと手のひらを向けてくる赤葦君に首を傾げて反応を待つ。
暫く無言で下を向いていた赤葦君は溜め息をついてから私を見た。

「俺が漕ぐのでみょーじさん後ろに乗って下さい」
「え、いいよ悪いし」
「こんだけデカい男が女の人に自転車を漕がせているのは絵的にちょっと」
「……あー、言われてみれば確かに」

赤葦君が私に掴まって自転車に乗っている姿を想像して思わず噴き出す。180オーバーの体格でそれはちょっとキツそうだ。

「じゃあお言葉に甘えて」
「お借りします」

自転車から降りた私と交代で赤葦君がサドルを握った。身長が高い赤葦君には些か窮屈そうだったが漕げない程では無さそうである。
スポーツバックをかごに入れ、その際「置いていいですか?」と聞いてくるのがまた赤葦君らしかった、私の事を振り返り一言。
「どうぞ」と言われたので「お邪魔します」と返した私は荷台に股がって赤葦君の肩に手を置いた。

「…みょーじさん」
「ん?」
「バランス取りづらいんで腰に腕回して貰っていいですか」
「え、いいの?」
「部活後なんで汗くさいかもしれないんですけど……」
「あぁ、大丈夫。すっごいシトラスな匂いするから」
「…………」

気を遣って制汗スプレーを使ってくれたんだろうなぁと、赤葦君の腰に腕を回した。「もう少し離れて」だとか「手はちゃんと回してて下さい」だとか細かくお願いをしてくる赤葦君の懸念に察しがついた私はケタリと笑って赤葦君の背を叩く。

「私の胸くらい当たったって気にしないよ?」
「…俺が気にするんで」
「真面目だなー」
「……行きましょうか」
「お願いしまーす」

フラつく事なく走り出した自転車はあっという間に校門を抜けて校外に出た。道順を説明しながら他愛もない話をしていれば、赤葦君がふと面白い事を尋ねてくる。

「みょーじさん写真部って聞いたんですけど、何を撮るのが好きなんですか」
「んー?あー、何だろ。写真部っていってもあんま活動しないしなー。先生とか生徒会に頼まれたもの撮るくらいだし」
「例えば?」
「学祭の様子とか、部活やってる人撮る事もあるかなー。バレー部は私、行った事ないけど結構多いよ」
「一応全国区ですからね」
「あー、そうなんだ。あれ、私やっぱり結構部活の邪魔だった?」
「まさか。むしろ居てくれて良かったです。木兎さんも褒めてくれる人が増えていつもより調子良さそうでしたし」
「あー、木兎はねー。アイツ褒めて伸ばされるタイプだもんねー。見てて面白いよ」
「まぁその分ショボくれるのも早いんですけどね」
「あ、噂のショボくれモード?」
「えぇ。ってどんな噂ですかそれ」
「はは、たまーに教室でもなるからさー。雪絵ちゃんがバレー部ではこう呼んでるよって教えてくれた」
「成程」
「あ、次の角右で」
「了解です」

快調に飛ばしていく赤葦君は部活終わりだと言うのに涼しい顔で自転車を漕いでいる。申し訳なく思う反面、体力が文化部とは大違いだなと感心してしまう。
気が利いてイケメンで運動部。恐らく頭も良さそうな赤葦君は、モテそうなのに彼女がいないらしい。木兎情報では告白される事も少なくないと言うのだが、その全てを断っていると聞く。

「赤葦君さー」
「はい」
「好きな子とかいるのー?」
「唐突ですね」

微塵も揺らがない表情からはこういった質問をされなれている事が伺えた。返ってくる答えなんて分かりきっていたので、何となく景色を眺めながら赤葦君の返事を待つ。

「いますよ」
「あーだよねー、いないよねー…………」

あれ?赤葦君の口から出た言葉を頭のなかで反芻する。意味を理解しかねたので今度はちゃんと赤葦君の背を見ながら意識を集中させた。

「ごめんなんて?」
「いますよ、好きな人」
「…………マジか」

予想外の返答に暫し考え込んでから赤葦君の好みのタイプを考えてみる。おしとやかでおっとりしてて、気立てのいい黒髪の美少女を想像して、妙に納得した。
確かにこんな子がいたら赤葦君にさぞお似合いだろう。

「雰囲気的に雪絵ちゃんが近いよね」
「話が見えないんですが」
「赤葦君っておしとやかでおっとりしてて、気立てのいい美少女が好きそうだなって」
「高望み過ぎませんかそれ」
「私も思った。で、どんな子?」
「……そうですね」
「あ、公園過ぎたら右で」
「分かりました」

だんだんと閑静な住宅街に入っていく。赤葦君の家はさほど遠くないと言っていたが、帰る時は懐中電灯くらい渡しておこう。場所どこだっけな。

「……みょーじさん、聞いてますか?」
「ん?え、あ、ごめん何?」

抜け掛けていた意識を戻せば、赤葦君は少しだけジト目になって私を見た。キッと音を立てて止まった自転車に目を見開いて赤葦君を見上げる。

「俺の好きな人、みょーじさんですよ」
「…………………………ん?」

たっぷり十秒。何食わぬ顔でそう言った赤葦君は再び前を向いて自転車を漕ぎ出そうとした。いや待ってくれニコラス、ニコラスじゃないって言ってるでしょ、引き止めた赤葦君に軽いチョップを食らった私は発言の衝撃から立ち直れずに問い掛ける。

「マジで?」
「マジです」
「…………えー、あー、…いつから?」
「2年の春くらいですかね」
「……接点あったっけ」
「木兎さんから話聞いてる内に好きになりました。廊下とかで見掛けたりもしてたんで、それで」
「…………」

スラスラと出てくる言葉が呪文のように聞こえる。何言ってんのコイツ、的な顔をしていたであろう私に、けれど赤葦君はお構いなしで続ける。

「最初はあぁ、木兎さんのクラスメイトだって感じで目で追ってたんですけど、いつの間にかあぁ、みょーじさんだって思いながら目で追ってましたね」
「……へ、ぇ」
「付き合って欲しいとか、まぁ欲を言えばお願いしたいんですけど、いきなりそんな事言われても困まるでしょ」
「……あー、……いや、……うん?」
「今はまだいい後輩だなーくらいでいいんで、ちゃんと俺の事知って貰ってから、改めて告白させて下さい」
「…………お、う」
「ありがとう御座います」

公園過ぎたら右でしたよね、と何でもない風に言ってから、赤葦君は自転車を漕いだ。
言われた言葉を一つ一つ整理している内に赤くなった顔を赤葦君の背中に押し付ける。
ドクドクとうるさい心臓が、どっちのものだか分からなくなって、考えるのをやめた。

「家何処ですか?」
「……あー、そこの青いやつ」
「学校から案外離れてますね」
「あー、微妙に遠いかな」
「ですね。と、ここでいいですか」
「あ、ども」
「いえ、こちらこそ」

自転車の荷台から降りた私は頭を下げて赤葦君から自転車を受け取る。「それじゃ」なんて何事もなかったかのような振る舞いで「お休みなさい」なんて言われては下手な事も言えなかった。

「あのさ、赤葦君」
「はい」
「……その、ちゃんと、考えますんで」

赤葦君の誠意に答える為にもそれくらいは言うべきだろう。よろしくお願いしますと頭を下げた私に、赤葦君は少しばかり考えてから穏やかに笑った。

「…………じゃあ早速で悪いんですけど」
「あ、はい」
「なまえさんって呼んでいいですか?」
「……あ、うん」
「良かった。じゃあなまえさん、お休みなさい」
「……あざした」

ひらっと振られた手に小さく返して赤葦君の背中を見送る。懐中電灯を渡し忘れた事に気付いたのは、家に入って数分後の事だった。


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