ハイキュー!!

□赤葦京治
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「大丈夫ですか?」

踞っていた私の上に影が出来る。
降ってきた言葉に顔を上げれば、眠そうな目をしたジャージ姿の男子生徒が膝に手を付いて私の事を見下ろしていた。
何処かで見た事があるような気がしたが、さてどこだったか。
真顔で男子生徒の顔を見つめる私に、彼は少しだけ眉間にシワを寄せた。その顔に既視感を覚えて、合点がいく。木兎の見せてきた写真に、確か彼がいた筈だ。
木兎に肩を組まれて嫌々ながら画面に写っていた彼は確か、

「……赤葦君、だっけ?」
「……そうですけど」

心配してくれていた顔がみるみる曇っていく。そりゃ初対面の人間に名前を言い当てられたら驚くよなあと一人ごちて苦笑した。

「ごめん、木兎のクラスメイトなんだ。みょーじなまえ。よろしく」
「……あぁ、成程。2年の赤葦京治です。こちらこそ」
「律儀だねー。ニコラスって呼んでいい?」
「お断りします」
「即答かよ」

木兎と違って頭の回転はすこぶる良いらしい。まぁでなけりゃ木兎の相手は務まらないよなぁ。はは、木兎どんだけだよ。
名前を知っている理由を察した赤葦君は「あの人余計な事言ってないですか?」とやや眉をしかめて問い掛けてきた。
答えなんて考えるまでもない。

「たまにノッてきてくれれば100%いい後輩だって言ってたよ」
「部活外でまでそんな事言ってんですか、あの馬鹿主将」
「うっは、聞いてた通り辛辣だ」
「…………」

目元を隠すように手を当てて大きな溜め息をついた赤葦君は小さな声で「あの野郎」と呟いた。今更ながらに木兎の今後が心配になったが言ってしまったものは仕方がない。

「元気お出しよ、赤葦君。アメちゃんあげる。イチゴ味」
「別に元気が無いわけじゃないんですけど、せっかくなので頂きます」
「あっはっは、そういう子好きだよ」
「そうですか。ありがとう御座います」
「マジで律儀だねー」

ブレザーのポケットから取り出したアメが赤葦君の手のひらに落ちていく。ジャージのポケットに捩じ込んだ所を見るに、今は部活の最中らしい。

「赤葦君部活は?」
「今、休憩中なんです」
「なーる。大変だねー、こんな遅くまで」
「好きでやっているので。……あの」
「んー?」
「みょーじさんこそこんな遅くに一体何をしているんですか」
「…………あー」

時刻は午後7時30分。こんな時間に校舎の敷地内をうろちょろしているのは、私か運動部の生徒くらいのもんだった。勿論遅くまで残っているのには理由があるのだが、それを赤葦君に言うのは少しばかり憚られる。

「…………気になる?」
「先程からこの辺りをうろうろしてらっしゃったので、まぁ」
「……見てたんかーい」

両手で顔を覆って天を仰いだ。なんてこった、見られてたなんて恥ずかしすぎる。
「お腹減ったなー、晩御飯確実に食べ損ねたなー、お腹の虫様が荒ぶるー」だとか言っていた数分前の自分を殴りたい。

「それで、どうされたんですか?」
「……あー、いや…実はその、」

気まずさに頬をかいた私は意を決して赤葦君に視線を向ける。あまりにも深刻そうな顔をして小首を傾げている彼に申し訳なさが募った。

「チャリの鍵、無くしちゃって」
「………失礼ですが、親御さんを呼ばれては?」
「今日誰もいないんだよねぇ。明日も来るの困るし」
「………成程」

顎に手を当てて考え込む赤葦君はなんだか知的な雰囲気が漂っている。推理ものなら探偵役とか向いてそうな彼は呆けている私に視線を戻して「とりあえず」と言葉を切り出した。

「部活が終わってから俺も一緒に探しますから、体育館行きましょう」
「…………ん?」
「30分探して見つからなかったら俺が責任を持って送るので」
「…………イヤイヤイヤイヤ」

待ってくれニコラス、次呼んだら張っ倒しますよ、そんな会話を交わした後、赤葦君は有無を言わせず私の手を掴んで体育館まで引っ張っていった。半ば引き摺られるような形で入り口に着いた私の元に不思議そうな顔をした木兎が駆け寄ってくる。

「みょーじ!何してんだ?」
「木兎、お前後輩にどんな教育してんの?めっちゃ引き摺られたんだけどスニーカーの底めっちゃ削れたんだけど」
「おぉ、赤葦いつの間にかパワーついたんだな!」
「言外に私の事、重いって言ってる?」
「わりと軽かったですよ」

しれっと言い放って体育館の中に入っていった赤葦君は数分してからスリッパを持って戻ってきた。
出来た後輩だなぁと感心する私を他所に、木兎がキラキラと目を輝かせる。

「何、見学!?」
「いえ、何でも自転車のカギを落としてしまったらしくて」
「マジで!?大変だな‼」
「部活が終わったら一緒に探す事になっているので、ここで待っていて頂こうかと、すみません。俺の一存なんですけど」
「いいんじゃね、それより俺も部活終わったら手伝うぞ」

皆にも声掛けてくる‼と、止める間もなく駆け出していった木兎に私は赤葦君を見上げた。

「木兎があぁ言うって分かってて連れてきたの?」
「……そんなまさか」

核心的な笑い方で「そこのパイプ椅子使って下さい」なんて指差す赤葦君に内心で敵に回したくない判定を下しながら黙ってスリッパを拝借する。

「なんか悪いね」
「いえ、俺が勝手にやってる事なので」
「男前だね」
「ありがとう御座います」

否定しない所に強かさを感じた。
靴を揃えて用意してくれたパイプ椅子に座れば、すぐさまマネージャーのかおりちゃんと雪絵ちゃんがやってくる。含み笑いをしているのは何故だろうか。

「災難だったね、なまえ」
「私達も一緒に探すよ〜」
「ごめん、ありがと」

大量のビブスが入ったかごを見ながら「何か手伝おうか?」と問い掛ける。出来る事なんてたかが知れてるだろうが、手持ち無沙汰に見ているよりはマシだろう。

「気にしなくていいよ〜」
「なまえは赤葦の勇姿でも見てなって。今から試合だから、ね?」

念押しするかおりちゃんの顔にはニマニマとした笑みが張り付いている。隣で「そうそう〜」なんて頷いた雪絵ちゃんもなんというか、下世話な笑顔で私を見ていた。普段、そういう噂のない後輩が、理由はあれどわざわざ連れてきた私に、興味深々らしい。というか、私と赤葦君の関係、か。

「……いや、私と赤葦君は別に」
「照れるな照れるな!」
「赤葦が女の子にここまで世話焼くのって実は珍しいんだよ〜」
「…………あぁ、そうなの」

否定するのも面倒になって、私は左右から二人に小突かれるまま、コートの中にいる赤葦君を見つめる。視線に気付いたらしい彼がペコリと頭を下げた。まったくもって律儀な少年だ。

「手くらい振りなよ」
「えー。邪魔じゃない?」
「ないない。それはないよ〜」
「いいからほら」

再び肩を小突かれた私は半ば促される形で赤葦君に小さく手を振る。きょとりと目を丸めた赤葦君は、やや間を置いてからひらりと小さく手を振り返してくれた。いい奴か。

「仲良しだね」
「ね〜」
「やらせておいてその言い種はどうよ」
「あ、ビブス洗濯してこなきゃ」
「記録つけないとー」

そそくさと散っていった二人はニコニコと笑ってそれぞれ仕事に戻っていく。からかわれたのが嫌でも分かって私は大きな溜め息をついた。
あんないい後輩とそんな関係だったら、私の人生はもっと薔薇色だった事だろう。

「高望み過ぎて想像つかんけど」

乾いた笑いを溢して試合が始まったコートを見る。得点のボードから少し離れた所に用意された椅子からは、試合の様子がよく見えた。
ポジションやルールなんかはよく知らないが、見ているのはかなり面白い。スピード感があるプレーは息を飲むような見応えがあった。

「木兎さん!」

赤葦君が上げたボールを木兎が相手コートに叩き込む。
気持ちよく決まったスパイクに思わず小さな拍手が出た。

「ヘイヘイヘーイ!俺最強‼」
「ナイスコース。その調子でサーブもお願いします」
「おう、任せろ‼」
「…乗せるの上手いなぁ」

木兎のノリやすさもなくはないが、それでも赤葦君は人をその気にさせるのが上手いように思う。
洞察力に長けているらしく、気遣い上手なのも頷ける。
相手側の目を欺いてボールを落とした赤葦君はやはり強かさも兼ね備えているらしかった。

「かっこいー」

素直に溢した私の横で、スコア付けをしていた雪絵ちゃんがにっこりと微笑む。
他意はなく出た褒め言葉を呑み込むように口に手を当てて、私はちらりと雪絵ちゃんを見た。

「赤葦かっこいいよね〜」
「…」

聞こえてますよねー。悟りを開いた顔で笑いながら私はこっくり頷いた。木兎も凄いが赤葦君に目がいくのは、やっぱりボールが一番集まるポジションだからだろうか。
雪絵ちゃん曰く、セッターというのは、頭の回転が物を言うポジションらしい。どんな時でも冷静な判断が求められる大事な橋渡し役を2年生ながら務め上げている赤葦君は、語彙不足ながら凄いしかっこいい。
こりゃ見る人が見ればホレるよなぁ、と感心して試合の流れを見ていれば、時間なんてあっという間に過ぎていった。


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