夢現な眠り
□5話
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NO side
彼から繰り出される、キレのある重い一撃を余裕綽々の表情でかわす少女は、至って涼しい顔をしている。
「テメェは避けることしか出来ねぇのかよ、あぁ?」
心底不愉快そうに殺気を漂わせるアヤトに、冷たい笑みを浮かべる少女──リン。
彼女は突き出されたアヤトの腕を支えに宙返りした後、身体を捻り遠心力を利用して、がら空きだった背中を蹴り飛ばす。
「ぐっ…!!」
「これで満足か?」
力の限り、廊下の端へ飛ばしたつもりだったが、瞬き一つした瞬間に目をギラギラさせたアヤトが目の前に現れ、咄嗟に距離を取ろうと後ずさる。
「ハッ、行かせるか」
だがそれよりも先にその隙を突かれ、腕を掴まれた。容赦なく手首を締め上げる力に「跡がつくだろう」とリンは眉を寄せる。
ドクンッ。
「……ぁ!!?」
手を跳ねのけようとした時だった。
大きく高鳴った動悸が彼女の心臓を蝕む。
"エレン"の体が不要なモノとして拒否反応を起こしているのだ。
表面上、平静を保ててはいるが少しの油断が命取りになるこの状況に、リンは"初めて"焦りを覚える。
(よりにもよってこんな時にコレか……)
酷くなっていく動悸のせいで、思うようにできない手足を強引に動かし、掴まれていない右手でアヤトの顎にアッパーを仕掛けた。
──が、ギリギリのとこで避けられ不発に終わる。
「……チッ」
アヤトが避ける際に手首を離し、解放されたリンは再び体勢を整えようと足を踏み込んだ。だが暴れ出す動悸を我慢できず、軸足の重心が少しふらつく。
そこを目敏く察知され、風を切る速さの蹴りが、リンの脇腹に食い込んだ。
「ぐぁっ!!!」
倒れた拍子にまた両手首を拘束され、うつ伏せの恰好でアヤトに組み敷かれる。
思うように動けず、悔し紛れにリンは後ろの人物を睨むしかなかった。
「その目、いいよぉ…興奮するなぁ〜!!」
「……」
駆け付けたライトの言葉に悪寒が走り、軽蔑の視線を送ってやる。
「なんなんですか!? …そんな目で僕らを見るな!! 人間の分際で……立場を弁えろよ!!!」
ヒステリックに叫ぶカナトは、息切れしているリンの頭を荒々しく踏む。その凶行に傍観していたスバルは溜息を吐くしかなかった。
「所詮オマエもこの程度かよ。つまんねェ」
見下されるものの、胸の動悸が邪魔をし、応答する事も叶わない。
そして必死に繋いでいた意識は糸の様に途切れ、暗い暗黒の中へ沈んでいくのだった。