夢現な眠り
□12話
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No side
「あれ? 切れちゃった」
通信不能のサインを示す携帯を見上げ、アオイは再び最後のメロンパンを頬張った。
十個以上あったパンが胃袋に収められた中、まだ物足りなさそうに周りを見渡す。
レイジの話を聞いていたのかいないのか。彼女は甘い匂いにつられ、近くのケーキ屋さんにふらっと吸い込まれていった。
「あまーいショートケーキ〜。チョコレート、モンブラン……プリンもいいなぁ」
年相応の少女が、ディスプレイに息がかかるほど張り付いている姿は、さぞかし珍しいだろう。
だが店員の営業スマイルと巧みな話術で、結局アオイは殆どの種類のケーキを、一つずつ購入した。
今は、ゆったりと長閑な庭が自慢のテラス席で、ケーキをむしゃむしゃと食べているところだ。
「そういえば……。あのおにーさん、なんて言ってたんだろ?」
タルトから皿へとこぼれたフルーツを、フォークで突っつきながらアオイは疑問を浮かべた。
「ま、いっかー♪」
電話のことは記憶の隅に置いといて、一人でケーキを楽しんでいると、耳元で自分ではない低く掠れた声が聞こえた。
「よくない」
「──ん??」
後ろを向いても誰もいない。というより、元々ここのテラスは今はアオイしか客はいないはずだ。
気のせいかと思い、テーブルに置いたフォークに手を向けた。
それを闇夜から伸びてきた、骨張った大きな手が遮る。
「わぎゃっ!?」
振りほどこうと腕をバタバタ振り回すが、強い力で中々離れない。
「リンんんんんー!!! 助けて!! へるぷ!! ──がふっ」
近所迷惑のことも考えずに叫ぶ彼女の口を、男は手で塞ぐ。
「うるさい。少し黙れ」
再び聞こえた男の声。
その声色には人間らしい温かみはあるが、ひんやりとした手の冷たさに、本物の人間なのかと不思議に思うアオイ。
「ふぉくに、ふぁひぃか、ほう?」
『ぼくに何か用?』と手の主に尋ねるも、くぐもった声しか出ない。
せめてこの人が誰なのか、暗い庭をじっと見つめると、やはり目の前に人影が。
騒がしかった彼女が大人しくなると、男は手も口も解放した。その途端、アオイは彼の顎を掴んで自身の顔の方へ近づける。
「んー、顔見えないー。──あれ、君……」
──どこかで見たことある。
色素の薄い金髪に、芯まで射抜くような碧眼。いやいや、こんな美形には出会ったことないぞ。
最近、音楽室で寝てたイケメンは見かけたことがあったが。
「──あっ」
数日前に音楽室起きた出来事を思い出してみると、バラバラだった記憶のピースが繋がった。
教室で寝てた彼と、目の前にいる彼の容姿がそっくりではないか。
閉じられていた瞳は見たことなかったが、髪の質感や顔立ちなどは通じるものがある。
「あっ、こんなところで偶然だね〜!」
「…屋敷に戻るぞ」
イケメンくん──もといシュウは、顎を掴んでるアオイの手を顔で振り払うが、すぐさま彼女は空席だった隣の椅子へ座らせた。
「ここのケーキ美味しいんだよ〜。クリームが甘くて超サイコーだよねぇ」
ざっくりと切ったケーキをフォークで掬い、クリームを見て固まっているシュウの口へ強引にねじ込んだ。
それを悪意なく、無意識でしてることが恐ろしい。
「ぅぐっ──!!!」
「あはは! おもしろーい! 変な顔ぉ〜」
味覚が大量の甘いもので刺激され、目を白黒させるシュウの顔を見て爆笑するアオイ。
──まさに、命知らずとはこのことだ。