奥州
□無理は禁物
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禁煙二日目の夕刻ー。
俺の身体は限界を迎えていた。
朝から増え続けるだけの仕事と手の届く場所に無い煙管。
別に仕事が嫌いなわけでもない、俺の元へ相談に来る家臣達に嫌気が差した訳でもない。
ただ合間に吸うことの出来ない事だけが苛々の原因だった。
(二日目でこれか…)
思えば先程の軍議も一向に前に進まない議題ばかりだった気がする。
余裕を持って居なければとは思うのにどうにも苛立ちの方が勝ってしまい、次々出される意見を片っ端から蹴ってしまった記憶もある。
「小十郎、大丈夫か?」
政宗様にも気遣われてしまう程なのだからよっぽどだったのだろう。
重臣としてあるべき姿とは到底結び付かない自身の言動に尚更苛立ちを隠せなかった。
「…郎様っ、小十郎様?」
「っ…あぁ、名無しさんか…」
「…大丈夫ですか?」
不安気に見つめられ、そこまで表情に出てしまっているのかと苦笑する。
だがふと、名無しさんの顔を見て俺は確信してしまった。
それは昨晩の事だー。
「っん…ぁ…」
「最後まではしないから…口付けだけ。」
「それはっ…構わないんですけど…ん…」
「…苦い?」
そう聞くと名無しさんはふるふると首を横に振って涙目で俺を見上げた。
内心ほっとしながら唇を啄むと応えるように背中に手を回され、名無しさんが眠るまで口付けを交わし続けたのだ。
「こ、小十郎様…?!」
「っ、すまない。」
名無しさんの困惑した声に我に返ると同時、自身が無意識に名無しさんの唇に指を這わせていることに気付きさっと手を引く。
(ああ、そういうことか…)
どうやら禁煙の成功の道筋には名無しさんが必要不可欠らしい。
「あの…小十郎様…」
「名無しさんは禁煙に協力してくれるんだったな。」
「え…そうですね。小十郎様が禁煙したいとおっしゃるのなら、出来る限りのお手伝いはするつもりですけど…」
「分かった。」
「ええと…何をするおつもりなのですか?」
「いや。特には。普段通りしてくれたらいいよ。」
心底怪訝な表情で首を傾げる名無しさんに俺は一つの選択をすることにした。
俺が微笑み返すと名無しさんは頭に疑問符を浮かべながらも何も問うこと無く仕事に戻る。
ふいに浮かんだ喫煙の誘惑を押しとどめつつ、今朝名無しさんが持たせてくれた飴玉を口に入れたのだった。
「名無しさん、頼みがあるんだが…」
屋敷で夕餉を摂った後お茶を煎れる名無しさんの前に膝を向ける。
名無しさんは一瞬驚いたもののすぐに顔を引き締めて膝を並べた。
「何でしょうか。」
「…俺に褒美をくれないか。」
「…………え?」
「ん?」
たっぷり時間をかけて考え込んだ末、名無しさんはぽかんとしたまま抜けた声を出す。
流石に今の言葉だけでは理解出来なかったかと内心苦笑しつつ、正直に打ち明けるとみるみるうちに名無しさんの頬は真っ赤に染まった。
「だから、吸いたくなった時に名無しさんに口付けるとそれが治まるんだ。名無しさんが協力してくれたら禁煙出来る気がする。」
「ええと…それは仕事中もということですか?」
「いや流石にそれは俺が困る。だから屋敷の中だけでいい。」
「……そういう事でしたら、分かりました。」
未だ動揺しているようだが、とりあえずは名無しさんの許可も降りた。
戸惑っている名無しさんが可愛くて身を乗り出すとびくんと肩を揺らして固く目を閉じる律儀な名無しさんを見ていると、吸いたいという気持ちよりも抱きたいという気持ちが強くなる。
「…んっ…」
「………」
軽く唇を押し付けただけだというのに甘い声を出しながら息を吐く名無しさんに下半身が疼き、我慢ならず畳の上に押し倒した。
(この策は失敗だな…これでは身が持たない。名無しさんも、俺も…)
苦肉の策だと思っていたが、どうやら俺の欲はどこまでも貪欲らしい。
名無しさんの存在はいつでも俺を熱くさせる。
禁煙失敗を悟った俺は甘い欲をちらつかせる名無しさんの瞳に溺れ、今宵も心ゆくまで名無しさんの身体を貪るのだったー。
「小十郎様っ!もう、むりです…っ…」
(やっぱり、な…)