月の章

□嘘吐き
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「やっぱ行くのやめるわ。」

廃寺に帰ってきて早々、弦ちゃんから発せられた言葉に一瞬言葉を無くす。
弦ちゃんはいつものように床に寝転がって、何でもないことのようにそう言った。

「え……どうして?」

「…小十郎さんから明日は警備につくように言われてんだわ。」

「嘘…昨日は……」

(昨日言ってた時はそんなんじゃなかった。)

昨夜のあからさまな言い訳の仕方を思い出しながら、乾いた喉の奥から出た言葉は小さく掠れる。

「嘘じゃねーよ。ほら、小十郎さんに言われたら断れねーじゃん?別に花火なんか見なくてもさ、来年とかでもいいし?」

「っ…本気で言ってるの…?」

「はあ?そうだけど?」

怠そうに返されたその言葉に、色んな想いが頭の中を駆け巡った。
そして、身体中が熱くなり目の奥に痛みを感じる。

「そんなっ…来年なんて分からないじゃない!」

「………」

「そんな…そんな約束出来もしないのにっ…何でそんなこと言うの?!酷いよ弦ちゃんっ…そんな事…弦ちゃんが一番分かってるくせにっ…」

(私達の未来なんて分からないのに…いつ死ぬかも分からないのに…)

忍という、切りたくても切れないその鎖が、いつか自分達の首を絞めてしまうのではないかという恐れが一気に私の頭を支配していく。
目を見開いた弦ちゃんの顔が少しずつ滲んでいくのに漸く自分が泣いている事に気付いた。

「うるせーな…お前には関係ねーだろ。」

「っ…」

「お前と俺じゃ、課せられた立場が違うしな。分からねーなら別れた方がいいんじゃねーの?」

「っ、弦ちゃん…」

「はぁ…めんどくせー。もういいわ。」

深く溜息を吐いた弦ちゃんは、頭をがしがしと掻きながら立ち上がる。
あまりの衝撃で立ち竦む私の横を通り過ぎると、そのまま廃寺を去っていってしまった。

「どうして…」

(なんで、分かってくれないんだろう…)

初めての弦ちゃんと見る花火を楽しみにしていた。
でも、任務ではないにしろ警備という仕事があるのなら、仕方ないとも思ったのだ。

(でも…来年だなんて…私にも、弦ちゃんにも…明日がある確証なんて無い。いつ里を襲われるか分からないし、弦ちゃんが任務で命を襲われる可能性だってある…)

影の者であるからこそ、それをお互い知っているからこそ…当たり前のようにそのような約束をされた事に、腹を立ててしまった。

「怒らせちゃった、な…」

きっと弦ちゃんは、そんな事私が言わなくても分かっていた。
だから私があんな風に責め立てた事に怒ったんだと思う。

(子供みたいな事言っちゃった…これじゃあ呆れられても仕方ない…よね。)

項垂れるように視線を落とすと私が持っていた包みに涙が落ちた。
色濃く滲んだ布を見つめながら、先の自身が発した言葉の数々を思い出す。

"クゥン…"

「っ…朧…」

ふいに着物の裾を引っ張られて驚いた。
そこには心配そうに私を見上げ鳴く朧の姿。

思わずしゃがみこんで頭を撫でると、膝の上に乗ってきた朧は未だ濡れる私の頬をぺろぺろと舐め始めた。

「擽ったいよ朧。…心配してくれてるの?」

"ワンッ"

「っ…ありがとう。またやっちゃった…どうしたらいいのかな…」

"…ワンッワンッ!"

「……っ…分からない…分からないよ朧っ…」

折角朧が慰めてくれているのに、どれだけ止めようとしても涙が止まらない。
謝りたくても当のその人は目の前に居なくて、私は帰ってくるのかも分からないその人を待ちながら、いつの間にか夢の中に行ってしまった。

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