他殿

□同じ気持ちで
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「犬千代なんて大っ嫌い!」

「っ…おい!」

張られた頬がじんじんと熱を帯びる。
俺は、呆気に取られたまま小さくなっていく背中を見つめていた。

事の始まりは一刻程前。

俺は家臣達との軍議の後その場に残り若い衆と雑談を交わしていた。
話の内容と言えば女中の誰が可愛いだの、誰と誰が恋仲になっているだのというたわいも無い話だ。

(いつ終わんだ、これ…)

正直城の誰が恋仲になろうがどうでもいい。
女子でもあるまいし何が楽しくて他の奴らの恋話に付き合わなきゃなんねえんだ。

「利家殿はどうなんですか?」

「…ん?」

話半分で聞いていたせいで、何を聞かれたのかよく分からなかった。
思わず聞き返すと目の前の男達はにやにや笑いながら俺を見てくる。

「…何だよ。」

「名無しさん様とはその後どうなんですか、とお聞きしたのです。」

「その後って…」

「名無しさん様も利家殿も若いと言えど年頃でしょう?」

「ほら、夜になると豹変するとか…利家殿もむらっとくる事くらいあるでしょう。」

「は…?」

こいつら、何言ってんだ。
まさか火の粉がこっちまで来るとは思っていなかったせいで反応が遅れる。

こんな下世話な話に名無しさんの名前を出すのも癪だった。

(…教えるわけねえだろ。馬鹿か。)

「ねえよ。」

出来るだけ会話が広がらないようにするつもりで一言だけ返す。
けど目の前の男達は易々と見逃してはくれなかった。

「無い、と?」

「ああ。」

「一度も?」

「…ああ。元々妹みたいなもんだし今更だろ。」

(毎晩がっついてます、なんて言えるわけねえしな…それに…)

名無しさんが俺だけに見せる姿を他の男に見せてやるつもりもない。

幼馴染としての名無しさんも、恋仲としての名無しさんも全部俺のものにしていたかった。

そういう意味を込めて家臣達にそう答えると、次はそれじゃいけないだなんだと騒ぎ出す。

「うるせえよ。」

苦笑混じりに返しながら早めに逃げるかと腰を浮かせた時だった。

襖の後ろに佇む小さい影が踵を返して走っていく姿が見えたのだ。

(……名無しさん?)

一瞬しか見えなかったが、あれは名無しさんの姿によく似ていた気がする。
走り方も、俺が覚えている名無しさんのもので間違いない。

(あー…聞かれたか…)

正直しまった、と嘆息しそうな程には慌てていたがこの場で追いかけてしまえば後々からかわれるのは分かっていた。
未だ何か聞いてこようとする男に一言、退室する旨を伝え広間を出る。

そして名無しさんが走っていった方向に向かい、見事名無しさんの姿を発見したんだが………。


「痛え…ちょっとは加減しろっての。」

……この状態だ。

「色気も無くてすみませんね!」

俺の姿を認めて開口一番に言った一言がこれだった。
明らかに拗ねている名無しさんはそう言って口を尖らせる。

「別にそんな事言ってねえだろ。それにあれは…」

「言ってた!妹、妹って…私は犬千代の妹じゃないもん!」

「あー…だからそれは…」

(ああでも言わなきゃ自爆しちまいそうだったしな…)

けどここで弁解しようにも聞いてくれそうな気配が無い。
むしろこのまま墓穴を掘っていく気すらする。

「犬千代だって妹って思ってないくせに…昨日だって…」

「あーもう!うるせえよ!言うな!」

暗に昨日も抱いた事を言おうとしたんだろう、名無しさんの動く口を止めるように声を出すと、その肩がビクッと揺れた。

「…〜っ!…もういい!犬千代なんて大っ嫌い!」

「っ…まじかよ…」

……誰もいない廊下に乾いた音がして、その後すぐ頬に熱と痛みを感じた。

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