他殿
□揺れる昼顔と面影
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「「…成実が?」」
普段から寡黙でなかなか表情の変わらない政宗様と、その隣で凛々しく座っていた小十郎様の顔が驚愕に変わったのはほんの少し前の事だった。
「ええと…倒れたと言いますか…その…お腹を壊してしまったみたいで…」
「…珍しいな。」
「ええ。明日には雹が降るかもしれませんね。」
未だ信じられないと言った表情で会話を交わす二人に苦笑を漏らしつつ、私はあの日の事を思い出していた。
それは、成実様のお誕生日の数日前の事。
「わ、ぁ…凄い量ですね…」
「ああ…そうなんだよな…」
成実様の目の前にある大量のたい焼きにさすがの私も、そして当人である成実様も驚きを隠せなかった。
(まさかこんなことになるなんて…)
たい焼きは成実様の好物であり、恋仲になる前に成実様から買ってもらった専用の鉄板で作る、私と成実様だけの秘密の甘味だった。
(でもあそこまで言われたら断れないし…)
ある日私が作るそれを度々見ていた女中さん達が興味を持ったことから始まり、いつの間にか家臣の方達の話し合いが行われたらしく今年の成実様のお誕生日はたい焼きでもてなそうということになったらしい。
皆さんから成実様好みの餡子や作り方の指導をお願いされた時はびっくりしたけれど、大森の方達が皆で成実様の誕生をお祝いしたいと頑張っている姿を見ているとなんだか私まで心が温まる心地がして、そのお話を受けたのだけれど。
(こんなに沢山…一人一つは確実に作ってるよね。)
「すっげえな!俺こんな沢山のたい焼き見た事無いぞ!」
大皿にたんまりと重ねあげられたたい焼きに口をぽっかり開けている私を見た成実様は楽しそうに笑い、一番上のそれを手に取り頭からかぶりつく。
(ふふっ、嬉しそう。)
「うんっまいな!」
「ふふ、良かったですね。あ…餡子が口に…」
にかっと満面の笑みで二口目を頬張った成実様の口の端についたそれを指差すと、成実様はきょとんとした表情で唇を拭った。
「ん?どこだ?」
「ふふ、こっちですよ。」
けれど指で拭ったのは全く見当違いの場所で、頭に疑問符を浮かべている成実様の様子を見て私は自身の手拭を取り出し拭う。
すると成実様はまたにっこりと笑ってたい焼きを持つ手とは反対の手で私の頭を撫でてくれたのだった。
「子供扱い、ですか?」
「違うって。可愛いなって思ってさ。」
「っ…もう…」
「ははっ。ありがとな!」
ちょっとだけ拗ねた態度をとってみても、成実様はいつもそうやって私を甘やかす。
でもそうしてもらえるのが私にだけなのだと思うと、嬉しさを隠しきれない。
そんな私を知ってか知らずか成実様はぱくぱくと大量のたい焼きを食べていき、その日のうちに全て完食してしまったのだった。
「だ、大丈夫ですか?」
「んー…たらふく食ったもんな。でも全部美味かった!」
「良かったですね。夕餉は軽めのものにしましょうか?」
「そうだな…いや、やっぱあいつらに気を使わせるかもしれんからいつもの量で頼む。」
「そうですか…。でもお腹いっぱいだったら残してくださいね?」
「男が飯残してたらかっこ悪いだろー?大丈夫だからさ、なっ!」
「…分かりました。」
そうして成実様は無数のたい焼きも夕餉も召し上がられ、大森での誕生の宴も盛大に行われ…沢山のお酒を飲んでそのまま寝てしまった。
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