他殿

□梅の花の約束
1ページ/1ページ



「ねえ名無しさんちゃん、明後日なんだけど何処か出かけない?」

弥生の月も半分を過ぎようとしている今日此頃。
外で洗濯をしていた私に、廊下から駆け寄り声を掛けてきたのは恋仲である秀吉様だ。

「明後日、ですか?」

「うん、たまたま休みが出来てね。名無しさんちゃんが良ければと思って。」

いつもの様な優しい微笑みで私を見つめる秀吉様の瞳の甘さに少し頬が熱くなるのを感じながら、満面の笑みを返す。

「はい!行きたいです!あっ…」

「ははっ、可愛いな。」

思いの外大きな声で返事をしてしまった私の頭を大きな手で撫で、恥ずかしさで俯く顔を覗き込むようにされると、そのまま口付けられるかと思う程の距離に秀吉様が近付いた。

「秀吉。」

「っ…」

思わず目を瞑った所で三成様の秀吉様を呼ぶ声が聞こえ、慌てて秀吉様から離れる。
見られてしまったかもしれないという恥ずかしさを覚えたけれど、肝心の三成様は何事も無かったかのように秀吉様に近付いた。

「あーあ、折角良いところだったのに。」

「何を言っているんだ?」

どうやら三成様からは秀吉様の背に隠れて私の姿が見えなかった様で、訳が分からないといった顔をして話を進めている。

「その話なら広間でしようかな。」

「ああ。」

踵を返す三成様。
秀吉様もその後に続き歩いて行かれ、少しの寂しさを感じて内心溜息を吐く。

「…?!」

すると近くでくすりと笑う声が聞こえたかと思うと腕を強く引かれ、私の体はあっという間に温かく逞しい腕に捕らわれた。
驚きと共に咄嗟に顔を上げると先程まで広間に行こうとされていたはずの秀吉様の端正な顔が視界いっぱいに広がり、同時に唇に熱を押し付けられる。

「んっ…ふ…」

「可愛い…そんな顔されたら離れられなくなるでしょ?」

昼間だというのに強引に唇を割られたかと思うと舌を絡められ、呼吸を許さないような激しい接吻に秀吉様の胸元を掴んで応えると、少し艶めいた自身の唇を舐め取りながら、秀吉様の優しさの中に欲を持つ瞳が細められた。

「ぁ…み、三成様は…」

「あー、先に行ってるんじゃないかな?…それより、こんな時に他の男の名前呼ばれるのはなんか…嫌だな…」

「っ、すみません…」

「ううん、その代わり名無しさんちゃんには俺のお願い沢山聞いてもらうね。」

そう言ってにこにこと笑う秀吉様だけれど、何処か悪戯な色を纏った笑顔に背中に冷たいものが走る。

「ええと…私…」

「ほら、そろそろ俺の誕生日だし…お願い、聞いてくれる?」

「そ、それとこれとは話が違うというか…」

柔らかい声色で甘えるように言われてしまえば頷いてしまいそうになるけれど、すんでのところで思い留まり秀吉様の目線から逃げるように瞳をそらした。

(でも…確かに秀吉様のお誕生日も近いし…)

そういえば以前もお誕生日の贈り物の事で相談をして、何もいらないと言われてしまったばかり。

もしかしたら秀吉様の欲しい物が分かるかもしれないと思い、私は意を決して頷いた。

「…分かりました。」

「え?」

「秀吉様のお願い、聞かせてください…。私が出来ることであれば何でもします。」

「え…本当に?」

「はい。」

まさか私が首を縦に振るとは思わなかったのか、秀吉様はぽかんと口を開けて驚いているようだった。
けれどすぐに嬉しそうににっこり笑って私の体をぎゅっと抱き締める。

「名無しさんちゃんは優しいね。」

「そんなこと…あの、秀吉様のお願いというのは何なのですか?」

「さっきは沢山、なんて言ったけど…俺の願いは一つしかないよ。」

「え…?」

柔らかな風が吹いて靡く私の髪を優しく撫でた秀吉様。
穏やかな目で私を見つめる秀吉様に、時が止まったのかと思うくらい釘付けになった。

「俺の願いはね、…名無しさんちゃんにずっと俺の傍にいて欲しい。」

「え………」

大好きな人の口から零れる言の葉は、すっと私の心に沁みていく。
答えを催促するように髪から頬へ行く手を変えた秀吉様の温かい手にそっと手を添え、私はその瞳をしっかり見つめて微笑んだ。

「そんな…簡単なお願いで良いんですか?」

「うん。俺が欲しいのは名無しさんちゃんだけだから。」

「ふふ、ずっと…?」

「うん、ずっと。…駄目かな。」

「駄目なわけありません。ずっと、秀吉様のお傍に居させてくださ…んっ…」

最後の言葉は秀吉様の唇に阻まれ言えなかったけれど、きっと届いたはず。
優しい風が吹き、梅の花びらが私達を包む。
三成様が再度呼びに来るまであと少し。
私達は束の間の逢瀬を楽しんだのだったー。


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ