甲斐
□どうなっつ
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「っ、何故ですかっ…」
「あ、いや…違…」
「幸村様なんてもう知りませんからっ…!」
昨夜の出来事が頭から離れない。
素振りを続けて、何刻の時が経っただろうか。
集中力など既に切れている。思い浮かぶのはあの時の泣き顔だ。
「おう、幸村。精が出るな。」
「お、御屋形様!」
鍛錬の手を止めて、俺は御屋形様の元へ駆けた。
「そろそろ休め。長けりゃ良いってもんでもねえからな。集中してやらねえと意味がねえんだ。」
「はっ。」
「名無しさんと何かあっただろう。」
「?!い、いえその…」
「ははっ、分かりやすい奴だなお前は!」
御屋形様の目は明らかにからかいを含んでいるのに、分かっていても動揺してしまう俺はまだまだ修行が足りねえんだと思う。
だが、図星だった。
「で、だ。何があった。」
「いえ!御屋形様に聞いていただく程のものではっ…」
「良いから言ってみろ。」
「……実は、その…名無しさんと喧嘩を…」
「珍しいな。何故そうなった?」
「…それは…」
名無しさんが可愛過ぎて傍に居ると自我を抑えられないから、夜を共に過ごす事を躱し続けた挙句、泣いて出ていってしまった…などと御屋形様に言えるはずもなく言葉を詰まらせる。
しかし御屋形様は何か知っている風な様子でにやりと笑うと、その場にどかっと座った。
「幸村、お前名無しさんを泣かしたな?」
「っ…」
「お前らの喧嘩に興味はねえが…恋愛初心者のお前に一つだけ教えてやる。」
「………」
「女が欲してんのは、安心だ。」
「安心、ですか…」
「ああ。単純なもんだ。言葉、態度…女は何でも欲しがる。その先にあるのは安心だ。心を満たしてやればこっちのもんだろう。」
「さ、流石御屋形様です!」
御屋形様の言葉を反芻しながら、昨夜の事を思い出す。
言われてみれば俺は大事な事は何一つ名無しさんに伝えていなかった。
それだけではない。「駄目だ」の一点張りで名無しさんの話も聞こうとしていなかったのだ。
男として情けないと思うが故に、本心を心の内に隠してしまった。
「明日から二日、暇をやる。名無しさんと仲直りしろよ。」
「なっ、二日も…いただけません…!」
「俺からの褒美だ。…誕生日のな。」
「誕、生日…」
御屋形様の一言を聞いて漸く自身の生まれた日が明後日だと言う事を思い出す。
御屋形様はそのまま去ってしまわれたが、俺の頭の中には昨夜名無しさんが言いかけた言葉が駆け巡っていた。
(「あの、幸村様明後っ…」)
「まさか、な…」
あの後俺は名無しさんの言葉を遮って、はぐらかすように別の話をしたのだ。
余りにも可愛くて目線を合わせることが出来なかった為、表情すらも思い出せない。
「最悪だ…」
完璧に自分の所為で名無しさんを傷付けた。
それを実感すると共に自分自身に腹が立ってきて、ずるずると座り込んだ俺は握った拳を地面に突き付ける。
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