甲斐
□君の性格
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「名無しさんちゃーん!此処にあった杵と臼って何処に仕舞ったかしら?」
「はいっ、ええと…それなら裏の蔵の中にあった気がします。」
「ありがとう!名無しさんちゃんがいると助かるわ。」
鍛錬を終え滴る汗を手拭いで拭きながら、年初めの餅つき大会の為にばたばたと走り回る名無しさんを目で追う。
春、夏、秋と共に歩んできた月日が流れ、名無しさんと想いを寄せあってから二度目の冬だ。
「あっ、佐助くん鍛錬は終わったの?お腹すいたでしょう?」
「うん!あ、それもしかして饅頭か?!」
「そうだよ、良かったら食べて。まだ温かいから。」
「やったー!」
先程まで鍛錬でへとへとになっていたというのに、佐助は目を輝かかせて名無しさんが作った饅頭を頬張っている。
名無しさんを見ていて一番に思うのは、人の気持ちや心に敏感で、相手が不快に思う事は極力言動に出さない。
それでいて、いて欲しいと思えばいつも傍に居て、どこまでもまめな性格だということだ。
「幸村様、お疲れ様です。」
「名無しさんか。」
「はい、幸村様もどうぞ。」
「饅頭か?佐助も喜んでいたな。」
佐助に渡すくらいなのだから、俺への甘味も饅頭なのだろうと隣に腰を下ろした名無しさんに笑いかけると、名無しさんは悪戯に微笑みそれを差し出した。
「ふふ、残念不正解です。」
「…どうなっつだ…」
「幸村様はどうなっつが好物ですもんね。外は冷えるので揚げたてを持ってきたんですよ?」
湯気を立てるそれを一口頬張ると温かく、甘過ぎず、優しい味が口の中に広がる。
「美味いな!お前もどうだ?」
「えっ、いえ…私は…」
「二人で食べた方が絶対美味いぞ。」
「ふふ、では頂きますね。」
小さな手でどうなっつを持ち、熱いと言いながら頬張る名無しさんの表情が柔らかくなって、その表情が目を覆いたくなるほど可愛らしくて咄嗟に視線を逸らした。
「幸村様、口に付いてますよ。」
「ん?…うおっ…す、すまねえ…」
慌てて食べたせいで気付きもしなかったどうなっつの欠片を名無しさんの冷たい指が拭いてくれる。
しかし、その冷たさに触れた瞬間、俺の手は思わず名無しさんの手を掴んでいた。
「っ、幸村様?」
驚きと共に名無しさんの手から落ちる手拭い。
それを気にもとめず、俺は名無しさんの両手を取って包み込むようにぎゅっと握った。
「…冷たいな。」
「すみません…冷え症で…」
「あっ…いや…だがこれで温かいだろう?」
「はい。温かいです。」
嬉しそうに笑う名無しさん。その視界の隅にひらりと何かが舞い落ちていく。
「わぁ…雪だ。」
「本当だ!初雪だな。」
雪を掬うように片手を掲げる名無しさんの横顔が、綺麗で…儚さを纏っていて。
ゆっくりと肩を引き寄せて抱き締めると、名無しさんはくすくす笑って俺に身を委ねた。
「俺は、お前の居なかった上田を思い出せない。」
「え…」
「名無しさんが居ないと、上手く城が動かないんじゃないかと気が気で無くなるんだ。」
「ふふ、そんな事ないと思いますけど…でも、そう言ってもらえると嬉しいです。」
「お前は…こんなに小さな体で皆を…俺を、支えてくれてるんだな。名無しさんの細やかな気遣いにいつも助けられている。」
俺の胸に顔を埋める名無しさんの手が、俺の背に回されぎゅっと握られる。
少し震える声で小さく紡がれる言葉に胸が震える思いだった。
「私は、何も出来ない、料理しか取り柄のない人間です。でも、だからこそ幸村様がずっと元気で居られるように、美味しい物を食べて健康でいられるように……丈夫な身体で戦に送り出したいと思っているんです。」
「名無しさん…其処まで考えてくれていたんだな。ありがとう。」
名無しさんの頬を包んで上を向かせると少し潤んだ瞳が俺を映す。
感謝の気持ちと愛を伝える様に、僅かに冷たくなった名無しさんの唇に口付けを落とすのだった。