奥州

□君の為につく嘘、零れ落ちる想い。
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「あの、政宗様…」

「…どうした?」

「政宗様!明日の客人の事でお話が。」

「…ああ。名無しさん、すまない。話は今晩にでも聞こう。」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません…」

…また、やってしまった。
自己嫌悪に陥りながら小十郎様と共に政務室に向かう政宗様を見て溜息をつく。
祝言を間近に迎えた私達に突然訪れたのは"多忙"だった。

伊達当主の妻になるという重責を抱え練習に励む日々。
くたくたになった体を褥に預けて、気付けば意識を手放している事も一度や二度では無い。
同じく政宗様も…いや政宗様は私以上の疲れを感じているだろう。
…というのも彼はここ数週間の間寝所で朝を迎えていないからだ。

一度夜中に目が覚めてしまったことがある。
その時にも隣にいて欲しい人の姿は無く、その後も帰って来る事はなかった。
毎朝瞼を開けるとそばに居た筈の……その人は寝る間も惜しんで政務に励んでいる。

一息つく頃を見計らって声をかけること、三度目。
三度目の正直、という言葉があるけれど、今の私にぴったりなのは二度あることは三度ある…だろうか。

一度目、二度目は家臣の方。
そして三度目は小十郎様。

流石にここまで来ると政宗様と話すなと言われているようで落ち込むけれど、伊達当主である政宗様に指示を仰ぐのは至極当然な事でもある。
むしろ、今政宗様の仕事の邪魔をしているのは自分であると自覚してしまったからには、思わず溜息が漏れるのも致し方ないのかもしれない。

(今晩か…でもきっと、今日も一人で眠るんだろうな…)

無理強いするつもりも、我儘を言うつもりもない。
でも本音はと言えばもう少し……ほんの少しで良いから私の方を向いてほしい…。
……なんて。
そんな事を言えば困らせてしまうのなんて分かりきっているのに。

「名無しさん様。」

「あ…すみません。今日もよろしくお願いします。」

もう後ろ姿すら見えないのにその方向を見つめてから花嫁修業の先生に頭を下げる。
彼女は一つ頷き、私もその背を追った。

「…はぁ、全くなっていません。何ですかその歩き方は…」

「も、申し訳ありません…」

始めてからすぐ、苦言を呈されてしまった。
町娘だった私には裾の長い打掛に慣れることが難しくどうしてもよろけてしまう。

「名無しさん様、貴女は伊達政宗公の奥方になるお方なのです。こんな事でつまづいていては当主の名に傷がつきますよ。」

「……はい。」

「ほら、もう一度。練習を重ねれば出来るようになります。」

「…はい!」

(こんな事…。そうだ、私だけが辛いんじゃない…政宗様の隣に居ても恥ずかしくないようにしなきゃ…)

先生の厳しさの中に見える優しさに少しだけ目が潤むけれど、政宗様への気持ちを再確認して唇を噛む。
落ち込む感情を押し出すように深呼吸し前を見据え足を踏み出した。



「ふぅ…疲れたな…」

湯浴みを終えて部屋に戻った私はまだ濡れた髪を鏡に映した。
政宗様が南蛮から仕入れたという少し大きめの鏡は私の顔全体を映し、少し浮腫んだ頬に気が付く。

「あれ…太った…?」

(嘘でしょ…気を付けてたのに…)

疲れから来る浮腫みなのか、ただ食べ過ぎてしまったのか判断出来ずほっぺたを両手でつまんでみても、どう頑張ったって元に戻る気配はない。
こんな時に自分の体型も維持出来ないなんて、政宗様に知られたら幻滅されてしまうだろうか。

昼間まで頑張ろうと張っていた気持ちが萎んでいくのを感じて思わず項垂れる。

「…どうした?」

「え……」

すると不意に耳元で聞こえた声と同時に背中が暖かくなり優しく抱き締められ。
驚いて振り向くと唇に温もりを感じた。

「ま、政宗様っ!」

「…なんだ?」

「え、ええと…いつからそこに…」

「ついさっきだが…」

「そうですか…」

多分頬を引っ張っていた所は見ていないらしくほっとして、先刻された口付けを思い出して顔が熱くなる。
政宗様はふ、と笑みをこぼし擦り寄るように頬を合わせてきた。

「どうか、なされたのですか?」

「………いや。」

けれど政宗様は私の問いに一緒表情を曇らせて、一言そう言って黙り込んでしまう。

「あの…」

「それより。」

「は、はい…」

「話があるのはお前じゃないのか?」

「え…」

「昼間、ゆっくり話せなかっただろう。何か用事があったんじゃないのか?」

言葉を遮るようにして目線を合わせた政宗様に首を傾げながら言われると、私はもう先程の翳りを追求出来ない。

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