奥州

□無理は禁物
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「あの…凄く言いづらいんですけど…小十郎様と口付けをすると口の中が苦くなるんです。」

…そう言われたのは何日前の事だったか。

務めを終え城から屋敷への帰り道、ふと脳裏に浮かんだ名無しさんの申し訳なさそうな顔。
最近やけに接吻を断られるな…とは思っていたがまさかそれが原因だとは思っていなかった。

彼女も俺が聞くまで無意識だったようだし、頑なに理由を言おうともしていなかったが、流石に毎夜毎夜断られれば無視のしようもない。

何も無いと首を横に振る名無しさんはいつまで経っても諦めようとしない俺に困り果てた様子で、居心地悪そうにしながらぽつぽつと話し始めたのだ。

(まあ…名無しさんも料理人だからな…俺のせいで舌が鈍るとなると…)

"禁煙"その二文字が頭に浮かび、今まで一度も成功した事の無いそれに嘆息する。

(俺に出来るか…?…名無しさんの為、か…)

何だかんだ名無しさんの為だと思えば何でも出来る気がする。
その答えに行き着いた所で屋敷に着いた俺は禁煙を誓い、屋敷の門をくぐったのだった。


だが現実は甘くは無かった。
まず俺が第一にしたことと言えば、屋敷にある煙管と城に置いてある煙管、予備の物も含め全て戸棚の奥にしまう事だった。

昨夜名無しさんに禁煙宣言をしてからというもの、名無しさんは申し訳なさそうにしながらも協力すると頷き口淋しい時にと今朝になって飴玉を用意してくれたのだが。

(これは…大分きついかもしれないな。)

登城してから普段の仕事を片付けつつ、時折来る緊急の用事を請け負い…そうしているうちに気付けば名無しさんの用意してくれた飴玉は後二つほどしか残っていない。

煙管を嗜んでいる時は気づかなかったが、どうやら昨日までの俺は苛々を紛らわせる為にかなりの頻度で使用していたようでこれでは名無しさんに口付けを拒まれても仕方ないと思うと同時に、午後からの執務をどうこなすか残った飴玉を見ながら頭の中を回転させた。

「小十郎様、お茶をお持ちしました。」

「ああ、入りなさい。」

襖を開けて俺の斜め前に腰を下ろした名無しさんもその事に気付いたようで、心配そうに俺を見つめているのがわかる。

「あの、小十郎様私…」

「ん?」

「無理をなさる程お辛いのでしたら、私は大丈夫ですから…」

「…あぁ、でも決めた事だから。」

「でも…」

「名無しさんに口付けられない事程辛い事は無いからな…だからもう少しだけ頑張らせてくれ。」

「小十郎様…。本当に、無理はしないでくださいね。」

「ああ、ありがとう。」

未だ不安そうに俺を見る名無しさんの頭に手を置くと僅かに名無しさんの表情が緩む。

(可愛い。)

一応仕事中な為口にはしないが、嬉しそうに微笑む名無しさんを抱き締めたい衝動に駆られるのは確かだ。
すると名無しさんは思い出したように懐から小瓶を取り出し俺に差し出す。

「先程見た時に飴玉が足りないようだったので、追加で作っておきました。あまり糖分ばかり摂りすぎるのも良くはないのですが…今は必要かと思いまして。」

「ちょうど悩んでいた所だったんだ。助かる。」

「いえ。喜んでいただけて良かったです。」

「…………」

ふと、ふわりと笑う名無しさんの唇に釘付けになった。
発色が良いのか紅をつけている訳でもないのにほんのり色付く唇。
飴玉よりも幾分美味しそうに見えて今すぐにでも口付けたくなる。

(…っ、何を考えているんだ、俺は…)

はっと我に帰り軽く頭を振って頭を切り替えるため書状に目を通し、仕事を再開した。
それを見て静かに執務室から退室する名無しさんの後ろ姿をちらりと見て、閉まった襖を見届けてから俺は頭を抱えるのだった。


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