奥州

□傷口は二人で治して
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「此度の戦も、給仕として現地へ赴いてもらう事になる。」

「心得ました。精一杯務めさせていただきます。」

真剣さの中に気遣わしさを纏った政宗様の瞳を真っ直ぐに見つめる。
大きな戦でなく一揆の沈静が目的だと聞かされてはいるけれど、いつ何が起こるか分からないのがこの世の常。
任された仕事を全うする事は勿論、政宗様の足でまといにだけはなってはいけないと毎回戦へ同行する度に思っていた。

「ああ。…そう言えば、今日は五月蝿い奴が来てないな。」

「うるさい、奴ですか…?」

張り詰めた糸を自ら切られた政宗様は、表情を変えぬままちらりと襖を見る。
そしてその瞬間、廊下をどたどたという大きな音が聞こえて勢いよく襖を開けられた。

「おー政宗、入ったぞー。」

「成実…本当にお前というやつは…」

「…五月蝿い奴が来た。」

「五月蝿いって何だよー。」

いつもの事ながら呆気に取られている内に成実様と小十郎様が部屋に入り定位置に腰を下ろす。
その様子にくすりと笑みを零した私は急いでお茶の支度へと向かった。


「一揆っつっても、小さいもんなんだろ?」

「用心するに越した事は無いだろう。しかし政宗様、些か思う事が御座います。」

「…なんだ。」

「一揆を起こしている奴らの中に、面倒な男が。」

お茶を淹れ政宗様の部屋の前まで来て、真面目な話をしているだろう三人の声が聞こえた為輪の中に入っていくべきか考えあぐねていると、低く柔らかい声で入室を許される。

「名無しさん、入っていい。」

「ぁ…失礼します…」

思いの外優しい目をしていた政宗様の表情にほっと息をついて準備していたお茶と甘味を出すと、小十郎様が先程の話の続きを発せられた。
小十郎様の話を顔を引き締めて聞くお二人と共に私もその話に耳を傾ける。

「…そうか。皆にも周知させよう。」

「では午後からの軍議でその事は私から説明致しましょう。」

「頼む。名無しさんも、気を付けてくれ。」

「はい。」

何度戦を経験してもやっぱり怖い。けれど政宗様の気遣う目線を受けながら、いつまでも怯えていてはいけないと心に決め、真っ直ぐに政宗様を見つめた。

「にしてもさ、名無しさんの甘味はやっぱり美味いな!」

「全く…お前は緊張感というものが無いのか。」

「何だよ、小十郎が要らないなら俺が食ってやろうか?」

「こら成実、手を伸ばすな…」

「ふふっ…」

重くなりかけた空気が成実様の一言で和らぎ、そして軽口を叩き始めたお二人に思わず笑ってしまう。
政宗様もその様子を見て漸く、姿勢を崩された。


数日後、私は戦地の陣の中で負傷した兵の介抱をしていた。
小さな一揆だとは聞いていたけれど無傷とはいかないらしく、時折数人の負傷者が担ぎ込まれる。

「大丈夫ですか?」

「ああ、すまねえ…」

はっきりと会話が出来ることに安堵しながら血の流れる傷口を洗って包帯を巻いていると、勝利を示す音と共に伊達軍の歓喜の声が聞こえてきた。

(終わったんだ…)

長い息を吐き出して、包帯を巻き終えると私は早足で政宗様の元へと向かう。

「政宗様っ…」

「名無しさんか。」

「ご無事で良かった…」

「ああ、帰ろう。」

小十郎様の指揮の下米沢への道を戻り城を目指す。
そして懸念していた襲撃も無く、帰城を果たした。

「結局何もして来なかったなー。」

「…確かにな。」

「小十郎の当てが外れるなんて珍しいよな。」

「そういう事も有るだろう。用心に越したことは無い。」

戦から帰った翌日、顔を突き合わせて話す三人にお茶を出しながらふと小十郎様を見つめると、何か考え込まれている様子で顎に手を添えている。

(何か心配事でもあるのかな…)

無事に帰ってこられたというのに納得のいっていない様子の小十郎様に軽く首を傾げると、私の視線に気付いた小十郎様は苦笑しながらお茶に口を付けた。
少しの引っ掛かりを感じながらもそれを聞く事もはばかられ、既に違う話をされている三人を横目に見て執務室を後にしたのだった。



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