奥州
□正月には好きなもの
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「よいっしょ…」
小十郎様から言われた書物を蔵から出し、執務室へと急ぐ。
政宗様も小十郎様も、年の瀬になり今は年賀の書状を書くのに忙しいらしく、ずっとお部屋に篭っておられた。
「時間が空いたらで構わないから、蔵から書物を持ってきてくれないか。」
朝、そう言って紙を渡した小十郎様はそれきり文机に向かってしまい、昼餉が終わった今この時まで一言も話をしていない。
そんな私も、女中さん達とおせちや宴の準備などで忙しく、漸く蔵まで来ることが出来たのだ。
(これで全部だよね…分厚い書物に巻物まで…。落とさないようにしないと!)
長い間外にいたせいで悴む手が痛むものの、朝から待たせてしまっていると思えば焦りで痛みも和らいだ気がして、急いで執務室へと向かったのだった。
「入りなさい。」
そう言われて両手が塞がっている事に気付き、廊下に書物を置き襖を開ける。
文机の後ろには朝と変わらず小十郎様が同じ姿勢で座していて、一つの不安が込み上げてきた。
「失礼致します。遅くなって申し訳ございません。書物を取って参りました。」
「ああ、構わない。そこに置いておいてくれ。」
置く場所を目線で指示なさった小十郎様の表情は変わらずだが、何処か疲れが見え隠れしているように感じる。
「あの…昼餉は召し上がられましたか?」
「…………ああ。」
少し間をあけて返事をした小十郎様の顔に嘘は見えない。
だけれど私にはそうは感じられなかった。
「小十郎様?お食事は食べてくださいとお願いしましたよね。」
「忙しいんだ、後にしてくれ。」
「栄養をしっかり摂って健康でいてくださらないと、政宗様が、皆が困ります。」
「………」
途端に困ったとでも言いたげに眉尻を下げた小十郎様。
そしてふと表情を崩し、観念したというように筆を置いて腰を上げた。
「本当、お前には頭が上がらないよ。そこでお前が困ると言わずに政宗様を出す所も、狡い。」
「ふふ、良かった。このまま怒られてしまうのかと思いました。」
「怒ったら怖いのは名無しさんさんだろう?」
肩を竦めて笑う小十郎様に釣られて私も笑みをこぼした所で、ある事を思い出す。
「あの、夕餉まで時間があるので甘味をお持ちしても良いですか?」
「ああ、じゃあ、頼もうかな。」
先程とは違い朗らかに笑う小十郎様の執務室を後にして、私は炊事場へと向かうのだった。
「これは…」
「かすてらです。沢山つくってしまったので、好きなだけどうぞ。」
「沢山?どうしてまた…」
「先程政宗様の所へ行った時に、お正月の宴の際に出して欲しいと頼まれたもので、少し練習を兼ねて作ってみたんです。」
「そうか、政宗様がお前の作るものを好んでくれて俺も嬉しいよ。…うん、よく出来てる。美味しい。」
口いっぱいに頬張り熱いお茶を飲む小十郎様にほっと胸をなで下ろす。
すると小十郎様が思い出したようにぴたりと動きを止めた。
「そう言えば、正月は雑煮を出すんだろう?」
「はい。京とは味付けが違うので女中さん達に習いながら勉強してるんです。」
「そうか…なら、屋敷に帰ったら雑煮じゃなくて、うんと甘いお汁粉を作ってくれないか?」
「はい、では餡子たっぷりの甘いお汁粉を作りますね。」
まるで子どものような小十郎様の無邪気な笑みに微笑みを返しながら、来るお正月が楽しみになるのだったー。