月の章

□嘘吐き
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「名無しさんさんはどうするの?」

事の発端は、城の女中さん達が始めた話からだった。

米沢に拠点を置いて初めての夏。
政宗公の元で薬師として働きだして…そして弦ちゃんと再会してどれくらいの月日が経ったんだろう。

城で働く人達とも随分仲良くなり、ちょっとした世間話も出来るようになったのはつい最近の事。

先の言葉は昼餉が終わった後廊下で会った女中さん達に呼び止められてすぐ、そう声をかけられたのだ。

「…えっと…何の話ですか?」

「今ね、明後日の花火大会の話をしていたの。」

「花火大会?」

「ええ、私は米沢の花火しか見たことが無いのだけれど、物凄く綺麗なのよ。」

にこにこと笑みを浮かべながらそう言って湧く女中さん達。
けれど抜け忍である私は今まで表の世界をあまり見た事がなく、花火と言われてもあまりぴんと来なかった。

「あの…花火ってどういうものなんですか?」

「えっ、名無しさんさん花火見たことないの?」

「はい…。聞いた事はあるんですが、見たことは…」

「それじゃあ絶対見るべきよ!花火師が丹精込めて作ったものを空に打ち上げて、それが夜空に華が咲いたみたいに弾けるの。絶対気に入ると思うわ。」

「夜空に華が…?」

「そう!もうそれは綺麗で…!昨年は彼と橋の上で見たのだけど、大好きな彼と一年で一度きりの花火を見られてその夜は色々と大変だったわ。」

「そ…そうなんですね。」

まさか他人の夜のことを聞くことになるとは思わなかったけれど、女中さん達の話を聞く限りでは花火は夏の風物詩だということと好きな人と見るのが良いという事が分かった。

(私も見てみたいな…好きな人、かあ…)

盛り上がる女中さん達の話を聞きながらも、思い浮かぶのは先日恋仲になったばかりの恋人の存在。

(弦ちゃん…一緒に行ってくれないかなぁ…)

面倒くさがりの彼の事だからきっと行ってくれるとは言わないだろうけど、せっかくなら弦ちゃんとその夜空に咲く華を見てみたい。

そうしてその後も女中さん達との話を楽しみながら、どうやって弦ちゃんをその気にさせるか考えていたのだった。





「はー?花火?…めんどくせーなあ。」

案の定な弦ちゃんの反応にやっぱりかと肩を落とす。
城での勤めを終え賭場から帰ってきた弦ちゃんに"花火大会に行きたい"と直球勝負を持ちかけた結果の事だった。

「…そっか…。」

「はぁ…花火なんて見てどうすんだー?ただの爆竹じゃねぇか。」

「爆竹って…女中さん達が綺麗だから絶対見た方がいいって言ってたんだもん。」

「まぁた女中情報かよ…ろくな事言わねえな。ま、とにかく俺は行かねーよ?」

「…どうしても駄目?」

「あー……あ、俺小十郎さんに警備頼まれてんだったわ。」

「…………」

わざとらしい弦ちゃんの言葉が明らかに嘘だと気付いて、悲しくなる。
私と出歩くのがそんなに嫌なんだろうか、私が抜け忍だから?それとも闇に生きる者同士だから?

(……弦ちゃんは私と一緒に居たいとは、言ってくれないんだ…。)

気怠そうに欠伸を噛み殺しながら寝転がる弦ちゃんは、恋仲になる前と全く変わらなかった。
接吻も、それ以上も…私を揶揄うばかりで行動には移さない。

恋仲になれて嬉しくて、天にも登る気持ちでいたのは私だけだったのかと思うと悲しくて、隠そうとしても顔に出てしまうらしい。

「…何だよ、その顔。」

「なんでもない。」

「なんでもねー顔じゃねえだろ?…そんなに行きてーの?」

弦ちゃんは私の顔を見て苦笑を零す。
そのまま起き上がって私の目の前に座り直すと下から覗き込んできた。

「誰でも良いって訳じゃないよ。…弦ちゃんとだから…弦ちゃんと行きたかったんだもん。」

「……はー…。…しゃあねーか。」

「え…?」

「分かったよ。その変わり任務が終わったらな。」

「任務があるの?」

「まーな。お前は御粧しでもして待ってろよ。ま、どうせ馬子にも衣装だろうけどな。」

「なっ…ひどい!」

「悔しかったら色気の一つでも出してみたらいーんじゃねーの?」

「っ…弦ちゃんの馬鹿!」

「はいはい。お子ちゃまは早く寝ろよー?」

「…弦ちゃんは?」

「任務。すぐ終わるけどなー。じゃ、行ってくるわ。」

「……おやすみ、弦ちゃん。」

弦ちゃんはそう言って、私の話も聞かないで消えてしまう。
さっきまであんなに賑やかだったのに、今は私一人。
弦ちゃんは忍だから…抜け忍の私が口を出せる事じゃないのは分かっていても、なんだか歯痒かった。

(でも…弦ちゃんと花火、見れるんだ…。)

褥の中に潜り込みながら、さっき約束した事を思い出す。
当日の事を想像するだけで楽しくて、いつの間にか眠ってしまったのだった。

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