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□彼の弱点
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最近、彼女が凄く可愛く見える。
「クオンくーん、クロワッサン焼けたよー!」
ランチタイムの混む時間帯。
名無しさんが焼いた出来立てのクロワッサンと、俺の熊のアートを施したラテを一緒にお客様へ提供しながら、時折店の奥で働く名無しさんを見つめる。
パンを焼いていたと思えば品出し…かと思えば次はレジ打ち。
せわしく働く名無しさんは常に笑顔を絶やさない。
(…っち、またかよ…)
接客業は笑顔が命って言うけど、名無しさんのそれはどこが違う感じがする。
今だって男の客に言い寄られてるししかも手まで握られてるし。
絶対困ってますって顔してる癖に笑顔だけは一人前。無防備すぎてこっちが心配になる。
「………!!」
あまりにもイラつきすぎてレジの方ばかり見ていたら相手の男と目が合って、何故か即逸らされた。
男は一言二言名無しさんに話すとそそくさと出ていく。
(ぁあ?なんなんだよ…)
「今名無しさんちゃんの事見てたでしょ。」
「…サラか。」
「サラか、じゃないわよ。今クオンくんすっごい形相で名無しさんの事見てたよね。お客さん絶対怖がってたよあれ。」
「…普通だろ。」
「いやいや泣く子も黙るわよ。」
そこまで睨んだつもりは無かったがイライラしてたのは否定出来ない。
あの様子は絶対男がナンパしてた。そう思ったら悶々としてきて。
「ちょっと、聞いてる?」
「あぁ。」
サラの話を聞き流し、それからは次々来るお客様の対応に勤しんだ。
「名無しさん、今日は帰れそう?」
今日は2人で早番勤務だった。
客足も落ち着いて人もまばらになった頃、タイムカードを押した俺はいまだに厨房でパンを焼いている名無しさんに声をかけた。
「うん、あと5分で焼き上がるから…」
「そっか。じゃあ待ってる。」
「いいの?今日朝早かったでしょ。」
「それはアンタも一緒だろ。後でカフェラテ作ってやるから。」
「本当に?!やった!」
するとオーブンの中を見ていた名無しさんは急に振り返って、満面の笑みで俺を見上げる。
「っ…」
(これ…弱いんだよな…)
身長の低い名無しさんはどうしても俺を見る時に見上げる形になり、それがまた上目遣いで見るもんだから正直心臓に悪い。
「……可愛すぎ。」
「え?なに?」
「何でもない。」
思わず出た言葉は名無しさんには聞こえなかったみたいで焼きあがる寸前のパンを嬉しそうに見ている。
俺は無意識の可愛さに内心ため息をつきながら、名無しさん好みのカフェオレ作りに没頭した。
「あー、美味しかった!」
少し遅い2人だけのティータイムを終え、名無しさんを家に送り届けるまでの数十分。
満足そうに笑う名無しさんの隣で名無しさんの歩幅に合わせて歩くこの時間が結構好きだった。
「そう言えば来週の火曜日、休み被ってたよな。」
「うん。クオンくんは何か予定あるの?」
「んー、今から俺の予定埋めてもらおうかなって思ってるとこ。」
「え?」
「それでさ、名無しさんのその日の予定も今埋めて欲しいんだけど。」
「ふふっ…もー、ちゃんと誘ってくれたらいいのに。」
「じゃあ…デートしよ?」
「うん、いいよ。」
俺の不器用なデートの誘いを嬉しそうに受けてくれた名無しさんが可愛くて、つい見とれてしまう。
「クオンくん?」
「…っ、あぁ、ごめん。」
(ってまた上目遣いだし…)
急に黙りこくった俺を不思議そうに見て首を傾げる姿もやばいくらい可愛い。
名無しさんは絶対気付いてないけどパーティーに出た時のドレス姿は他国の王子達も見惚れるほどだし、この間は知らない男に声かけられてるし俺以外の奴に可愛いとか言われてるし…俺の気苦労も知らないで"女子力が低い"やら"私は可愛くない"やら本気で言ってるのかと思うと逆に腹が立つ。
「もう、クオンくんさっきから変だよ?何かあったの?」
腹が立ってるのに結局そうやって見上げられると弱くて、怒りをぶつけることも出来ない俺は所謂ヘタレなんだろうか。
(いやいや…まず名無しさんが可愛いのが悪い…)
「ううん、何でもない。デートどこ行こうかなって考えてた。」
「うーん…どうしよ。水族館とか行きたいなあ…」
「じゃあそこにしよ。」
「いいの?クオンくん行きたい所あったんじゃ…」
「俺は…アンタと一緒ならどこでもいい。」
思ったことを口にしただけでみるみるうちに赤くなっていく名無しさんも可愛くて、他の王子達が俺を見たら絶対からかわれることは予想がつく。
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