(本)apartment for long
□Similar
1ページ/1ページ
PM5:11
俺はいま一度、エレベーターで5階に上った
これまでむさ苦しい狼どもと作業する時間が長かったのもあって女子がスタジオに来るとか、ちょっとばかり…いや、大いに心が踊る
初めて自分の部屋に彼女が来る!的な気持ちで、スタジオに駆け戻った
『タナーカサンッ、彼女…応急処置シニ来ルッテ!多分、アト一時間後クライカナ』
「オォ…ソシタラ、アイシング二必要ナ物…、奴二聞イテ…
『イェスイェスイェス!俺、買出シ行ッテクッカラァ〜!、ッグェ…ッッ
タナカさんの前を通り過ぎようとしたら、首根っこを掴まれた
「オイ、顎…オ前ェハ仕事シロ(¬з¬)」
『ハッ?!エッ、ダッテ……買イ出シハ…?』
「ソレハスタッフ二任セロ、オ前ェハオ前ェノ仕事ヲシロ…遊ビニ来テルンジャネェンダシ」
『ア………ゴ、ゴモットモデ、、』
なんも言えなかった
北島○介バリになんも言えねぇ…(違う意味で)
(仕方なく)俺はタナカさんとカミカゼとスタッフの中に混ざって打ち合わせに集中した
しかし仕事となれば俺だって俄然、集中力は凄い
ボーカル打ち合わせが終わって少し休憩しよう、という話になって初めて時計に気付いた
ヤッベ!!迎エニ行クトカ言ットイテ忘レテタ!
時計を見ると6時半を過ぎていた
ジーーーザスッ!!
『チョ、チョット!トイレ!!』
俺はスタジオを飛び出し、エレベーターの下ボタンを連打した
他の階数でもたつくエレベーターがもどかしい
チッ、……
俺はまたもや非常階段に続くドアノブに手をかけた
5階から一気に駆け下りて1階のロビーにつながるドアをそっと開けた
昼間の喧騒は落ち着き、人がまばらに行き交っていた
事務所の窓口を覗くと、彼女の姿は見当たらなかった
アレ…行キ違ッタ?
俺はエレベーターを見に行ったが、上に行った気配はなく、どちらも下方向に稼働していた
チョット待ッテミルカ…?
窓口で訪ねようにも彼女の名前すら知らないから聞きようがない
昼間二名前聞イトキャ良カッタナァ…
独り呟いた
…のも束の間、叫び声とも取れる様な声が聞こえたかと思ったら、男に担がれた彼女がビルのエントランスから入ってくるのが見えた
エッ?!ナ、ナッ??!
………………………………………………………………
PM6:18
思ったよりも仕事を片付けるのに手間取ってあれから一時間以上が経ってしまった
迎えに来ると、言っていた狼さんはまだ来ない
当たり前だけどスタジオ作業をしているんだろう…それなのに私なんかが野暮用で入ったらそれこそ仕事の邪魔になるし申し訳ない…だったらいっその事、コッソリ帰ってしまおうか…?
きっと、居なかったら居ないで向こうも仕方ないと思うだろうし、次に会った時にでも"ごめんなさい"って謝れば大丈夫だよ…ね、
私は机の上を片付け、身支度を始めた
「お疲れ様でした!」
夜勤組に挨拶を済ませて事務室を出る
エレベーターの前を通り過ぎながら、5階を少し気にした
一言、声を掛けて帰るべきか…?
いやいや、そんな事したら結局同じ事だ…
『フゥー、良カッタデス』
…処置の申し出を私が受けたあの時、優しく笑った彼の顔が頭をよぎる
向こうは仕事でスタジオを利用しているんだ、
遊んでいる訳では無い…
私は少し後ろめたい気持ちを振り払い、痛む足を引き摺りながらゆっくりと歩き出した
「モゥ〜ハルチャン!帰ッタラギュッッテシチャウンカラッ……ドンッッ!!アッ…
隣のコンビニの前まで来た時に店から出てくる人と出会い頭にぶつかり、痛めた足が身体を支えきれずに尻餅を着いた
「あっ、すみませ…っ」
「ヒャホッ!ゴメンナサイ…電話二夢中デ…アッ、ハルチャン?オイラ、モウスタジオ戻ルカラ切ルネ…ウン、バイチャァ」
「っ!!!」
まさかこんな所で狼さんと出くわすなんて!!
い、言い訳しづらい…
「あっっ…あの、これはその…」
「ヒャホ、大丈夫??」
彼は私の手を取って起こしてくれた
「お仕事の邪魔になると思って、あの…」
「オ仕事ノ邪魔?」
「え…あの、仕事が終わったら足の…応急処置をして貰うっていう話を…」
イマイチ話が噛み合っていない…ん?あれ、舌なんて出てたっけ??あれ、出てたような、出てなかったような??
「ソノ足、メッチャ痛ソウ…応急処置シテ貰ウ?ッテ…ン?!アッ、モシカシテモシカスルト、タナパイガ昼間二話シテタ"心当タリ"ノ女?!」
一方的に話され、ワケの分からない事に納得されて、私は一人置いてけぼり状態だった
タナパイ?パイ?昼間に西園寺さん、ジャンケンなんとか、って言ってなかったっけ?ジャンケンパイ?ジャンケンポン?あれ?そう言えば名前もちゃんと聞かなかったな…
「デモ、確カジャンケンガ迎エニ行クッテ走ッテ行ッタヨー?会ワナカッタ?」
そう!ジャンケン…やっぱり合ってる!
って、…え?走って??…走って迎えに来てくれようとしてたの…
自分でも分からない何かが胸の中でグルグルと蠢くのが分かった
やっぱり何も言わずに帰るのは良くないかな…
無言で俯く私を狼さんは心配そうに見つめた
「…すみません、あの…、5階のスタジオまでご一緒しても良いですか?」
「ロンモチロンモチ!オイラガ案内シテアゲル」
私は出てきた道をゆっくりと引き返す
「アノサッ…実ハオイラ急イデ戻ラナイト、タナパイニ叱ラレチャウカラッ…エート、チョットゴメンヨ!」
そう言った瞬間、私は狼さんにガシッと縦抱きに持ち上げられ、そしてそのまま後ろ向きに空中移動をした
ひゃぁああああっ!!
後ろ向きに流れる視界が怖くて思わず声が上擦る
狼さんに担がれた私は、あっという間にメインロビーまで舞い戻ってきた
そしてそこには、こちらに気付いて目を丸くしながら驚いた様子の狼さんがもう一人立っていた…