(本)apartment for long

□Fetch
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PM4:58

ハァッ、ハァッ…何処ダッ…

俺はとりあえず4階に降りて小走りになって彼女を探した

タナカさんから彼女が3階でエレベーターを降りたと聞いて、とりあえず5階から4階、3階へと降りて探してみたけれど彼女の姿はなかった

やっぱり事務室か?
2階に行くよりも先に事務室に行った方が早そうだと思った

昼間に2人でいた非常階段を駆け下りてロビーのドアを勢いよく開ける


…ドバァアンっ!


ドアの音に驚いて、ロビーにいた人達に凝視されるのもそのままに、俺は息を切らして事務室の窓口にかぶりついた


………居タ…………


こちらに背を向けて、コピー機のボタンを押してる後ろ姿にたった数時間前の懐かしさを覚えた

フーフーと切れる息を整えてから俺は彼女の背中に声を掛ける

『、アノ…ッ』

俺の声に気付き、彼女は振り向いて俺の顔を見ると、痛そうな足をヒョコヒョコしながら駆け寄ってきてくれた

しかし窓口に来たものの、さっき延長を申請したばかりなもんで、彼女も何があったのかと心配な様子だった

『アノ…、エーート、、ソノ足…カナリッ、…腫レテマスネ』

彼女は自分の足に目をやった

『放ッテオイタラ、モット悪クナル可能性ガアリマス…、ッ…良カッタラ応急処置ダケデモシマセンカ?、ト言ウ、、オ誘イ…ナンデス』

彼女はいきなりの俺の申し出にキョトンとした顔をして、そして笑った

ヤッパリ……笑ウト可愛イ…

俺は怪しくない雰囲気を全面に押し出して、アイシングとテーピングが出来るスタッフがいる事を彼女に伝えた

…が、彼女の返答はNOだった

そりゃ、そうだな…
今日、会ったばかりで顎の出た狼が怪我した足を応急処置しましょう!なんて言われたら、俺だって警戒するもんなぁ

どうやったら、手当する気になるだろうか
俺は咄嗟にタナカさんが言ってた言葉を思い出した

"明日ハ出勤シナキャイケナイカラ、明後日病院ニ行クトカ言ッテタナ…"

きっとこの人は真面目な性格なんだろう
仕事を休む事に抵抗があるならそれを使うしかないと俺は思った

『モシ熱ガ出タラ明日ノ出勤二支障ガ出ルカモシレマセン、昼間ヨリモ少シ顔ガ赤イデス…熱ガ出テルンジャナイデスカ?』

俺の言葉に彼女は少し戸惑った表情で考えていた
そして、暫らくして了承の言葉と共に俺に頭を下げた…

『フゥー、良カッタデス』

俺が怪我をさせたワケじゃないけど、彼女の痛々しい足を見ているとこっちもいたたまれない
応急処置を受けると言ってくれて、ホッとした

しかし仕事がまだ残っているらしく、それらが片付いてから処置をお願いしたいと言う申し出だった

彼女が退勤できるまで、まだ時間がある…
俺は一度、メンバーのいるスタジオに戻ることにした

……………………………………………………………


PM4:58

昼間に比べたら、仕事量もだいぶ減ってきて自分のペースで処理が出来るくらいまでに落ち着いていた

しかし、時間が経つにつれて自分自身の体調が悪くなってきてるのも気づき始めていた

痛みに加え、身体の熱っぽさ…
多分、足の腫れから熱が出たのかもしれない

困ったなぁ…
仕事が終わったら薬局に寄って、痛み止めと冷却スプレーと湿布を買って帰らなきゃ…

そう思いながら、3階からエレベーターで事務室まで戻った

資料をコピーしていると、窓口から声がした

『、アノ…ッ』

「…はいっ!」

私が振り向くと、そこには狼さんが少し肩で息をしながら立っていた

さっきエレベーターで会った時とはまた違った雰囲気で、私は少しワケが分からない…

「お待たせしました、延長申請…にはまだ、お時間ありますけど、どうかされましたか?」

『アノ…、エーート、、」

狼さんは少しソワソワしながら、

『ソノ足…カナリッ、…腫レテマスネ』

私の足を見て言った…
エレベーターで会った時とそんなに変わらないと思うけど…、と思っていま一度、自分の足に視線を落とす

『良カッタラ、応急処置ダケデモシマセンカ?、ト言ウオ誘イ…デス』

思いもよらないお誘いに、私は吹いてしまった

今日初めて会った人なのに、何をそこまで気にかけてくれるんだろう…、

『コンナ顔シテマスケド、怪シイ者ジャゴザイマセン…怪我シタノヲ目撃シタツイデト言ッタラ可笑シイデスガ、オチカラ二ナリタインデス…』

どうやら話を聞くと彼のスタッフに処置が出来る人がいるのだそうだ

でも…私はここで働く人間、
彼はここを利用する顧客、
相手の仕事の邪魔なんて以ての外だ…

「本当にお気持ちだけで…大丈夫ですから」

そう言って、私は丁重にお断りした

しかし、

『モシ熱ガ出タラ明日、出勤二支障ガ出ルカモシレマセン…』

と言われ、その言葉にぐうの音も出なかった
確かに明日のシフトは人数的にも休めない


「………………………、」


私は返事に躊躇って視線を落とした
身体の不調は自身でも分かっている
明日休む事にならないためにも、ここは甘えた方が確実に自分も助かると思った

「はい…それでは、…お言葉に甘えさせていただきます」

私は頭を下げた…

『フゥー、良カッタデス』

ふと、彼の笑った表情がとても優しかった
さっきのエレベーターでの狼さんと今の狼さんとじゃ雰囲気がまるで違う
今の狼さんは結構、お話してくれるけどエレベーターではほぼ、無口…
それに、エレベーターを降りた時に言われた"狼違イ"という意味もまだよく分からなかった

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