道明寺ちろるは元勇者

□俺とチロルと転入生
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滑らかな毛を持つ狼型モンスターが、はっはと荒い野性味あふれる息を吐いて、飛びかかってくる。
俺は両手に持っている大剣を振るい、モンスターを捌く。コイツは『ハウンドウルフ』、攻撃力は大したことがないが、経験値はなかなか稼げるので、ここで逃がすわけにはいかない。
俺は大剣上位技の『ファイアスラスター』で迎え撃ち、ハウンドウルフを切り裂いた。青少年保護育成条例とかなんとかで、切り裂く感覚やサウンドエフェクトは、明らかに偽物じみている。
ここはそう、あくまで《仮想》世界なのだ。この世界で得たものは、俺の本物の身体がある現実世界にはフィードバックされない。たとえ……
たとえ俺が、この世界での絶対王者であっても。
騒がしいファンファーレとともに、俺の視界にレベルアップの表示がされる。
ここに潜って2時間ちょっと。レベルは2つ上がったが、実を言うと現在の最前線レベルのモンスターは、俺からしたらスライム感覚である。
なにせ俺は、この世界では最強存在の「勇者」……【2代目】勇者なのだ。
この世界にいる人間の、頂点に君臨する存在。それが俺。
勇者アキは、俺が誇れる唯一の一点だ。
俺はポップアップメニューに表示されている、現実世界の時刻を見た。
もう18:46。母さんが夕飯を作って待っている。
俺はログアウトボタンに触れた。意識がふわっと浮き上がる感覚。
そうしてこの、大人気MMORPG(仮想大規模オンラインゲーム)『フロイライト・オンライン』という世界から、現実世界へ戻る。
イケてる勇者《アキ》から、ただの平凡な冴えない男子中学生の《柴田明道》に戻る。
いかついサングラスにヘッドセット型の端末を外して、俺はため息を吐いた。夕飯をかき込んだら、レベリングしなくては。
『フロイライト・オンライン』は、数あるMMORPGの中でも、突出して人気が高い。
その理由として、【序列制】システムを採用していることが挙げられる。
プレイヤーのレベル、スキルによって、サーバー内で序列が作られ、その最高位に『勇者』が置かれている。
要するに、ここは頑張れば叶う夢なのだ。現実をすべて投げ打って、潜りに潜って経験値を稼げばその分成長し、序列は上がる。なろうと思えば、なんにでもなれる。それが魅力なのだ。
かくいう俺も、元々ゲームセンスがあって、コツなんかすぐ掴めるので、どんどん序列は上がっていき、先日ついに2代目勇者になれた。

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