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□辿り着いたのは、
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カラ松が泣いているところを、私は初めて見たかもしれない。



「まゆ…っ、…ごめん」


彼は悪くない。何にも悪くない。悪いことをしたのは紛れもない私だ。浮気をした。浮気と言ったら語弊があるかもしれない。抱き締められただけ。しかも彼の兄弟のおそ松と。何の前触れもなしにカラ松に会いにこの家に来たら、おそ松以外は出かけていて。カラ松が帰ってくるのを待っていようとソファに腰をかけてスマホをいじってたら、おそ松が隣に座ってきて。魔が差したと言ったらそれまでだけど、カラ松とは長い付き合いで、少し刺激が欲しかったのかもしれない。

浮気をする奴の心なんて、到底計り知れないわ、なんて、よくカラ松に笑って見せたものだった。これは嘘なんかじゃない、本当に思っていた。私はカラ松が大好きだし、カラ松以外に興味がない、そんな風だった。実際、おそ松に抱き締められたときも、真っ先に頭に浮かんだのは、カラ松の顔。

かといって、おそ松を責めることも出来ない。彼は止めようとしていた。長男なりにきちんと考えていたようだった。私を押しのける手を、私が、この私が引き寄せてしまったんだ。

最初は黙っていようと思った。黙っていれば、誰も不幸になることなんてない。だけど、こんな最低なクズ女とカラ松は一緒にいちゃいけない、そう思った私は事実を全て述べて、別れを告げた。

すると彼は、私を責めることも、おそ松を殴りに行くこともせず、ただただ涙を流したのだった。そして今に至る。

「どうして、カラ松があやまるの」
「だって、俺じゃ…俺じゃ満足出来なかったってことだろう…」

拭っても拭っても、カラ松の目からは涙が溢れ出る。ああ、優しくて強い彼は、こんな風に泣くのだとぼんやり思った。

「違うよ、わたし、カラ松のこと大好きだもの」

嘘は言っていない。私は紛れもなく彼を愛している。でもそれだけではどうにもならないことだってあるのだ。浮気しておいて、大好きだなんて。わたしがカラ松の立場だったら、発狂して絞め殺してるかもしれない。ふざけんな、って、大声をあげているかもしれない。

「っじゃあ…っ、どうして別れる必要がある…?」

カラ松は優しくて、馬鹿だ。

涙でぐしゃぐしゃになった顔をこちらに向け、強くてまっすぐな視線が私を捉える。私は不思議と、冷静だった。別れたくない気持ちよりも、別れた方が彼のためだという気持ちの方が強かった。

「このまま付き合ってたら、カラ松、いつも不安になっちゃう」
「でも俺はっ、まゆが好きだ」

離れないで、と言わんばかりにカラ松がきゅ、と私の服の裾を、弱く握る。それは少しでも振りほどいたら、すぐに離れていってしまうくらいの力で、いつも私を抱きしめる彼の力強さは微塵も感じられなかった。

冷静だった頭が、急に熱を帯びてくる。自分のやった行為の愚かさを、今頃反省し始めたのかもしれない。あの強いカラ松はどこに行ってしまったの。私が彼から強さを奪ってしまったの。

この後に及んで好きだから、ごめん、なんて、浮気された人の言うことじゃないよ。本当にカラ松は馬鹿だ。人が良すぎる。私はカラ松から色々なものを貰ってばっかりだったんじゃないのかなあ。私は逆に何を与えてあげられたのかなあ。こんなクズな私を、離さないでいてくれるなんて、本当にカラ松は、

じんわりと、唇に生温かい、心地よい感触。

「まゆ、泣いてる…」

自分でも驚くくらい、涙がでた。ぐにゃり、と歪んだ視界の中には、苦しそうに笑うカラ松が見えた。違う、私が見たいのはそんなカラ松の笑顔じゃない、いつもみたいに笑って。ねえカラ松。

「まゆは、クズなんかじゃない。ずっと、俺の、たった一人の、ヴィーナスだ。だから少しでも俺のことを想ってくれるなら、また傍に居てくれないか…?」

ヴィーナス、って、何だそれ。今このタイミングで言うことか?クッサイ台詞に思わず笑ってしまった。大真面目に言ったつもりだったのか、カラ松は顔を赤くしてわたわたしていた。そんな様子がまたおかしくて笑ってしまう。

「やっぱりまゆは、笑っていた方がいい」

カラ松がくしゃっと笑った。大好きなその笑顔。やっぱり近くで見ていたい。涙が止まらなくて、うわーんと声をあげて泣いてしまう。カラ松が慌てふためきながら私の頬にハンカチを優しく押し当てる。

「がらまづっ…ごめんねぇっ…がらまづぅぅう」

我ながら情けない。心配そうに私の顔を覗き込むカラ松がまた愛おしくて、何度も何度も口付けては舌を絡めた。時折苦しそうに息を漏らすカラ松がかわいい。唇を離すと、真っ赤なカラ松の顔。見惚れていたら、ちゅ、と軽く口付けられて、恥ずかしそうに微笑む。

「まゆ、好きだ」

カラ松はやっぱり優しくて馬鹿でアホだ。こんな私をゆるしてしまって、おまけに好きだなんて。頭がおかしいのかもしれない。でもこんな風に頭をおかしくしてしまったのも、私のせいだ。心配だから私がずっと傍で見ていてあげなくちゃいけないんだろうな。

「これからもずっと、傍にいてくれ」

大好きな笑顔でそんな風に言われたら、もうなす術がない。こくこくと頷くと、カラ松がいつものようにぎゅっと強く私を抱き締めた。

襖が勢い良く開けられて、おそ松が入ってきて怒涛の勢いでカラ松に土下座をした。から、私もその隣でカラ松に土下座をした。するとカラ松がすごい慌てて顔を上げさせるものだから、それもまたおかしくて笑ってしまう。そのあとは、おそ松が買ってきたちょっと高めのケーキを、カラ松と二人で食べた。あーん、なんてしてみれば、顔を真っ赤にして口を開ける。可愛いカラ松、大好き。ごめんね、ありがとう。よろしくね。


辿り着いたのは、

( いつものキミの笑顔 )
( もう絶対泣かせたりしない )



fin.

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