short

□初恋はいつか
1ページ/1ページ





「おとなになったら、ぼくとけっこんして」
「あたりまえでしょ。わたしのことわすれないでね」





え?恋多き男だって?嫌だなあ、僕はそんなんじゃないよっ。そんなに簡単に誰かを好きになったりなんてしないよ。あ、ただ女の子はみーんな、可愛いとは思うけどねっ。初恋?えー恥ずかしいよそんな話。そうだなあ、小学生の頃近所に住んでた女の子。結婚の約束もしたっけ。ははっ、もうその子と縁はないかって?あるわけないよ、だって彼女、引っ越しちゃったもん。どこだかも分からないとーおくにね。でも、すっごく好きだったな。それくらいじゃない?僕が純粋に女の子を好きになったのって。っあ、うそうそ、君のことも好きになる可能性も、もう十分高いから!ね!


一人だけ好きな人を作って、上手くいくかも分からないのに想い続けるなんて僕は時間の無駄だと思うんだよね。だってその間に、もーっと良い子達が現れるもん。えーっひねくれてないよーっ。あ、そんなことはどうでもいいや、ねえ、今度の日曜映画でも観に行かない?


こんな調子の僕にも、所謂好きな人、ってやつができた。

好きな人といっても、僕は彼女の名前も知らないし何も知らない。彼女はスタバァの常連さんで、いつもスーツ姿。そして必ずアイスコーヒーのトールを頼むのだった。

「アイスコーヒーのトールで」

顔もとびきり可愛い訳でも、スタイルがズバ抜けて良い訳でもない。最低限のお化粧に、シンプルにひとつにくくった髪の毛。でも
なぜか惹かれていた。彼女が来た時はさりげなくレジを代わってもらいいつも彼女の注文を受けている。お釣りを渡した時にありがとうございます、と必ずお礼を言ってくれたり、にこりと微笑みかけてくれる。きっとこういう細かい心遣いに惚れたのだろう。ありきたりすぎるって、自分でも笑えるよ。

「かしこまりました、520円になります」

でもなぜか、彼女からはすごく懐かしい匂いがするのだ。柔らかい雰囲気とか、どことなく懐かしい。どこかで会ったことがあるのかもしれない。でも、まあ、そんなこと聞けるわけなくて。ナンパな野郎だと思われちゃうからね!今日も彼女の姿を見ることができただけで僕の心は微かな幸せを感じる。


翌日もシフトが入っていて、彼女もやって来た。彼女はいつも通りスーツ…ではなかった。ふわりと揺れる膝丈のスカート、白いブラウス。いつも簡易的にひとつに結ばれていた髪の毛は、ゆるくふわふわと巻かれていた。思わず息を飲んでしまうほどに彼女は可愛かった。

と、同時に僕は計り知れない焦りと不安を感じた。だって、こんな可愛い格好してるなんて。まさかここで彼氏と待ち合わせでもしているのでは。


「アイスコーヒーの、トールで」
「っあ、えと、かしこまりました。520円になります」


いつも通りだったのは、頼む飲み物だけ。いつもの微笑みも何もなくて、彼女の顔は緊張しているというか、強張っているようだった。もしかして初デート?初デートなわけ?だから緊張してんの?え、こんなタイミング、てかこんな序盤で散ることってある?ないよねえ?普通?震える指先でレジを打ちながら、頑張って精一杯の笑顔を作り彼女に向けた。

「あ、の」

驚いた。だって彼女の方から僕に話し掛けてきたものだから。

「覚えて、る?」

しどろもどろに口を動かす彼女の、言っている意味がよく分からなかった。覚えてる?って、なにを。僕はあなたの名前も知らない。何も知らない。だから何も覚えることなんて。


「えーっと、人違い、じゃないでしょうか」


もっとなんか言い方あったでしょ僕。レシートとお釣りを渡しつつ彼女にそう言葉を渡した。彼女はそうですか、ごめんなさいとあのいつも通りの微笑みを僕にくれた。混乱する頭の隅っこには、あ、可愛いと思う余裕はあるようだった。

彼女はいつものように席に座ってアイスコーヒーを飲むことは無かった。すぐさま店を出て行ってしまったのだ。

何となくもやもやした気持ちを抱えたまま仕事をこなす。1時間経ったんじゃないかと時計を見てもまだ5分しか経っていないくらい、時間の感覚も狂う。彼女は、あの子は、僕を誰と勘違いしてる?

「よーっす!トッティ!」

聞きなれた声、見慣れた顔。兄さんたちが勢ぞろいで店に来た。帰れ。今すぐ帰れ。

「…何しに来たの、兄さんたち」
「何って、決まってるじゃんかよ、なあ?」

兄さんたちは顔を見合わせてにやにやとクソ腹立つ顔をしながら僕を見つめる。一体なんだっていうんだ。僕は今それどころじゃないんだから、もう帰ってよ!

「まゆちゃん来たんだろ?さっきうちに来て、トド松くんいますかーって。今日バイトだよって教えてあげたら、行ってみるって言ってたからさ。今ごろどうなってんのかなーって、様子見に来たわけよ。びっくりした、あんなに可愛くなっちゃってさ」

「まゆ、ちゃん?」

名前を聞いた途端、ぐらりと視界が歪んだ。聞き覚えがないようであるような名前。離れていた何かと何かが、吸い寄せあうようにくっついた感覚。

「ほら、昔近所に住んでたさ。途中で海外に行くっつーんで転校した子。お前仲よかったじゃんよ。運命の再会?再燃する恋心?いいねぇ、青春だねぇ、って、あれ?トッティ?」

おそ松兄さんの言葉を最後まで聞かずに、僕は店を飛び出していた。何の当てもない、どこにいるかもわからない。そう時間は経ってないはずたから、この近くに、いる、はず。急に走り出したせいで異常に上がる息も、丁寧にセットした髪も、構ってなんていられない。

気のせいなんかじゃなかった、あの懐かしさ。恋に対して歪んだ考えを持った僕を、直してくれたのは、君で。初めて恋の感覚をくれたのも、きみで。僕が今、欲しくてたまらないのも

「まゆちゃん!」

君なんだ。


初恋はいつか



( すぐに思い出せなくてごめん )
( お詫びに、結婚しよう!! )




fin.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ