short

□とある春の昼下がり。
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「いちまついちまつ!!!!」

近所に住む俺ら六つ子の幼馴染のまゆは、多分六つ子の中でも俺と一番仲が良い。まゆは俺なんかとは正反対の性格で、天真爛漫という言葉がぴったりと当てはまる。あ、笑った顔今日も可愛いな、なんてぼうっと考えるわけだが、もちろん口になんか出せるはずなくて。

「…また来たの」
「えーだめー?いーじゃん!はい、おみやげー!」

まゆはしゃべることが大好きだから、黙って話を聞いてくれる俺が一番絡みやすくて良いのだろう。まゆが手荒に俺に紙袋を押し付ける。中身を見てみればきちんと6人分入っているどら焼き。

「他のみんなは出かけてるの?」

ごろん、とまるで自分の家かのように床に寝転びながら顔だけこちらを向けるまゆ。本当に無防備。今日は珍しく他のみんなは出かけており、俺一人だけ。まゆに恋愛感情を抱いてしまっている俺としては、二人きりになれて嬉しいわけだが。

「そーみたいね」
「せーっかくあそびきたのに。なーんだ、つまんないのー」

スカートを履いてるにもかかわらず、まゆはすらりと伸びる白い足を空中でバタバタと遊ばせる。家に二人きり、こんな無防備なまゆ、このまま襲ってしまおうかなんて考えるだけ考えてみたり。

「…俺だけじゃ不満なわけ」

まゆの横に腰を下ろして、柔らかくて手触りの良いまゆの髪にそっと触れてみる。まゆは心地よさそうに目を細めてこちらを向いて微笑む。猫みたい。

「そーんなこと言ってないでしょ」

寝転がっているまゆがお返し、と言わんばかりに手を伸ばして、わしわしと俺の頭を撫でる。くしゃっと笑うその顔が本当に可愛くて、俺なんかが目を合わせて良いのかも分からなくて、思わず視線をそらしてしまう。

「あーあ。なんか天気良いから眠くなってきちゃった。一松もお昼寝しよーよ」

ふあ、と欠伸をしてそっと目を閉じる。あ、あ。可愛い。ぽかぽかと暖かい陽気、程よい日光が窓から部屋を照らす春の昼下がり。桜っていつ頃咲くんだろう、まゆと観に行きたいなんて考えながら、少しまゆと距離をあけてごろりと寝転がる。

ふと横を向いてみると、まゆの長い睫毛、筋の通った鼻、桜色の唇が、春の陽気のせいかいつもより綺麗に見えた。この陽気になんだか酔ってしまったようで、時折目が眩む。まゆが好き、という気持ちも、桜のつぼみのようにみるみる膨らんで。

「まゆ」
「うんー?」
「…なんでもない」

言えるはず、なかった。

言ったら困らせるんじゃないかと、この笑顔を消してしまうんじゃないかと。それが俺にとって一番怖い。まゆの笑顔は世界で一番だと思う。こんな俺を救ってくれる唯一のもの。ああなんでこんなに好きになってしまったのか。どうして、どうして。ダメだって分かっているのに。だってまゆは


「一松、あのね、わたしおそ松のことが好きなんだ」


そう言って頬を桜色に染めるまゆの笑顔に、目が眩むのであった。



とある春の昼下がり


( そんなの、とっくに知ってるよ )
( 泣きそうなのも全部春の陽気のせい )





fin.

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