シャーロック・ホームズ

□"彼女"の脳内記A
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"彼女"の脳内記A

「ふわぁ……なんだい?僕の噂?」
「ワトソン!」
「ワトソンさん!おはようございます」



ホームズさんとの話に熱中していると、同居人であるワトソンさんが眠たそうに、あくびをして目をこすりながらロフトから降りてきた。
まだホームズさんほどとけ込んでいるわけではないのと、ある理由でワトソンさんに向かって礼をした。



「お、おはよう」
「ワトソン、起こしてしまったかな」
「いいや!たまたま目が覚めたとき、二人の話す声が聞こえてさ」
「あの、ワトソンさんがあの壁新聞を、書かれているのですか……!?」
「え!あ、そうだけど……」



ホームズさんには既に明かしているが、ビートン校に貼り出される壁新聞に、私はたいへん感銘を受けたのだ。
私はワトソンさんの両手を取り、様々な言葉を並べて褒め称えた。

”ワトソンさんは、人々のロマンを文に起こしているのですね!”だとか、"ただの文章なのに、その一瞬が思い浮かべられます!"だとか。
感想をぶつけるたび、ワトソンさんの頬は赤みを増していき、頭をかいて照れていた。



「そ、そんな褒められると……嬉しい反面困るなぁ」
「本当にそれ程の実力をお持ちなんですから!」
「僕も賛成だね。そういうのは柔軟かつ素早く受け入れたほうがいい」



ホームズさんがかなり遠回りに、ワトソンさんに皮肉を言うが、未だに照れ続けている。
その様子は私から見ると、非常に微笑ましかった。



「そういえば、君は一体……?」
「あ……私のことを、教えていませんでしたね。私はミレイ・シュヴェルツと申します、好きに呼んでください」
「シュヴェルツか!改めて、よろしく」
「はい、よろしくお願いします」



そうしてワトソンさんが手を差し出したので、喜んでそれに応えて握手を交わした。

これで221Bの住人と少しでも親しめたところで、ずっと気になっていたことを訊ねてみた。



「二人に、訊ねたいことがあるの」
「なんだい?」
「私も……あの壁新聞のように、貴方たちのお手伝いをしたいのです」
「!」
「でも、君はあの”事情”がある。やっと解放されたのだから、ゆっくりと有意義に過ごしたほうがいい」



そう。壁新聞を読んだときから熱望していた。
このロマン溢れる物語、その輪に己が入れないかと。

ホームズさんが言うことにワトソンさんも頷いている。
確かに、私を取り巻く事情を知っていれば尚更、心配するのもわかる。



「はい……それはもう、痛いほどわかっています。でも、貴方がたがくれる刺激はきっと……十分有意義だと、思うのです」
「!……」
「どうする?ホームズ」



ホームズさんは目を閉じて、深く考え込んでいた。
私をホームズさん、ワトソンさんが作り上げてきた輪の中に入れてやるか、迷いあぐねているのだろう。

すると、ワトソンさんがこっそり”あれは事件を解いている時と同じだよ”と教えてくれて、密かに喜びを感じていた。



「女性は、常に感情がつきまとう。それはきっと僕がどんな知恵を蓄えようと、そもそも人類の根源であり……性別という隔たりによって、永遠にわかり得ないだろう」
「……ホームズ」
「だけどね。それが存在することは、決して無意味ではないと思うんだ」
「と、いうことは……」
「まずはミレイを、事件に干渉させてみよう」



ホームズさんが知的に言葉を滑り出していたことの驚きも、私を事件に干渉させてくれる喜びも、最大の絶頂へと連れて行ってくれた。

しかし私は忘れはしないだろう。
ホームズさんが私の名前を呼んでくれた、初めての時を。
 

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