シャーロック・ホームズ
□隠れ不器用
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これはまだ、ミレイ・シュヴェルツとシャーロック・ホームズが出会ってばかりの頃の話である。
この221Bには、よくハドソン夫人がお菓子やらを届けに来てくれるのだが―半ば無理矢理―、ホームズは嫌がっているものの、私が夫人と仲良くなって、
今では私が欲しいものを夫人が届ける、という風に変わっていた。
そして今日は、私がお菓子の中でも特別好きな、チョコレートの本を夫人がくれたので、ソファに座って写真だけだけども、見た目も美しいチョコに見惚れていた。
「ミレイ、それは?」
「!あっ、ほ、ホームズ、さん……これは……」
ちょうどチョコに心を奪われ、隙だらけのところに同居人が話しかけてきた。
彼はシャーロック・ホームズ、とある事件をきっかけに興味を持たれ、実験器具を傍に置いておくような感覚で住まわせてもらっている。
彼は良い意味で、苦手だ。
同じ部屋にいるだけで緊張してしまうのだが、話しかけられるともうショートしてしまいそうになる。
だから、こんな震えた声に、同級生なのにも関わらず敬語で接してしまうのだ。
「ふうん、チョコレートね……。ハドソン夫人から?」
「は、はい。私が好きなのを知ったら……これをくださって……」
今までホームズは窓際にもたれていたのだが、私が必死に見ているのが気になったのか、こちらまでやって来た。
ついには、ソファの背もたれに両手を置き、私を覆うような体勢で、肩からこちらを覗き込んだのだ。
一瞬振り返ってみようと目だけ動かすが、あまりにも距離が近すぎて、視界はホームズの目でいっぱいになる。
それに、吐息が触れ、彼の香りが風は吹いていないのに私の鼻腔まで届くのだ。
この香りは、ホームズ独自の香りなのだろうか―。
「……ミレイ」
「!?」
ほぼ現実逃避並に思考を巡らせていると、突然ホームズに名前を呼ばれ、顎を掴んで振り向かされた。
彼は、なんと言えばいいのかわからない、微妙な表情をしていた。
笑っていると思えばそう見えるし、無表情だと思えばそう見える。
その後も何も言わず、ただ見つめ合うだけであった。
しかし、私には耐えきれなかった。
「あ…………ほ、ホームズさん、ハドソン夫人の用事を、思い出したので……失礼しますっ!」
「……ふふっ」
満タンに入れすぎた水が溢れ出したように、無我夢中で言葉を叫び、部屋を出て行ったから、221Bを離れたところでやっと我に返った。
今更罪悪感が沸き上がり、ホームズに困ったことを言ったのではないか、悲しませたのではないかという妄想が広がった。
しかし、当のホームズは帰り際に笑ったように、大したダメージは受けておらず、
口には出さずに"ハドソン夫人の用事なんてない"という推理を繰り広げていた。
まだお互いに不器用だった頃の話、でもあった。
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