シャーロック・ホームズ

□お戯れ
1ページ/2ページ

「ミレイ、暇だ」
「え?そ、そうなのね」
「この上ない退屈だ。このままだと僕は融けてしまうかもしれない」
「そんな、融けるなんて……」





突然ホームズが何の脈絡もなく呟いた。
私自身も特にホームズと会話をしていたわけではなく、他のことに集中していてただ同じ部屋にいるだけだったのだが、
あまりの突然さに驚いて振り返った。

何なら彼らしくもない――ある意味らしいかもしれないが――融けるなんておかしなことを言うものだから、拍子抜けしてしまった。
そうしていたら、また不思議なことを言った。





「ミレイ、どこか疲れていないかい?」
「えっ、……そ、そうね……ちょっと夜勉強するので寝不足続きだったから…」
「じゃあ、ソファに座ってくれ」





私は拍子抜けしたまま言われた通りにソファへ向かい、一体何をするのだろうと少し緊張した状態でゆっくりと座った。
ホームズもずっと座っていた安楽椅子から立ち上がると私の隣に座り、





「さ、ここへおいで」
「そ、そこに?」
「いいから」





そう言って自分の膝をぽんぽんと叩くのだ。
そこに座ればホームズの体に触れてしまってしかも距離が近くなってしまう。

うじうじしていると手を引かれて、半ば強制的にホームズの膝に座ることになった。
顔がキスをする直前のように近くなり、触れている部分から体温がダイレクトに伝わってくる。
決して服越しに体が触れることなど初めてではないのに、何度経験しても照れてしまう。





「……シャーロック……」
「ふふ、顔が真っ赤だよミレイ」
「だって、恥ずかしいもの……」
「ミレイ、今から僕が君のお世話をする。君は何もせず、ただして欲しいことを言ってくれ」
「それだけでいいの…?」
「ああ。そうだな、僕が親で、君が赤ちゃんだと思ってくれ」
「あ、赤ちゃん!?」
「そう。何かお望みは?」





あまりにも突飛なことが多すぎて、一周回ってこれはホームズのお戯れなんだ、と納得するまでになった。
だったらいっそのこと、こうして触れていられる時間を満喫するために、ホームズにしてもらいたいことを考えた。





「じゃあ、まずは……頭をなでなでして?」
「わかったよ」





ホームズは優しく微笑み、手を私の頭の上に乗せてゆっくりとさすり始めた。
ただそれだけで、まるで今まで頑張ってきたことを褒めてもらったような感じがしてとても心地よかった。

だけどそれと同時に、私自身はどういう振る舞いをしていればいいのかわからなくて、
ついホームズの綺麗な金色の瞳をじっと見入ってしまっていたことに気づいて目線を逸らしたら、空いているほうの手で顎を掴まれた。





「ミレイ、逸らしたらダメだよ」
「だ、だってシャーロック、私何してたらいいか」
「何って、ただおとなしく受け入れていればいいんだよ」
「ええ、それはそうだけど、目の行き場というか……」
「ずっと僕の瞳を見てて」





片手は頭を撫でたまま、もう片方の手は私の顎を固定して目線を逸らせないようにする。
またホームズの瞳を意識するほど顔に熱が集まってしまう。

結局お世話される私が指示を受けてるわ、なんて思いながらおとなしくしていた。





「次してほしいことがあったらいつでも言うんだよ」
「そうね……あ、そうだ!」
「なに?」
「あそこのテーブルに、ハドソン夫人からもらったお菓子があるの。それが食べたいわ」
「仰せのままに」





ちょうどハドソン夫人から、"作りすぎたからあげる"と言われてもらったお菓子があったのを思い出したのだ。
それは入口のドアの近くにあり、私は一度ホームズの膝の上からソファに下ろされ、お菓子はホームズが取りに行った。

再び隣に座ったホームズの手にあるお菓子の入った籠に手を伸ばしたら、その手が制された。





「今日はミレイはお世話される日だよ。僕が食べさせてあげる」
「え……!それぐらい、」
「初めに言っただろう?君は赤ちゃんだと思えって。ということは一人じゃ何も出来ないんだ、だから僕が食べさせる」
「う、うん……」





ホームズはクッキーを一枚手に取ると、私に「はい、あーん」と差し出してきた。
ほ、本当に赤ちゃんの気分だ……とても恥ずかしい!と思いながらクッキーをかじる。
二口目で一枚食べきると、ホームズはとても満足げな顔をしていた。





「ふふ、可愛いね」
「っ……!」
「ほら、まだまだあるんだ。ミレイはお菓子が大好きだろう?もっとお食べ」





大抵のことは一人で出来る年齢であるほどに、こうしてすべてを委ねているのはただただ恥ずかしい。
今日はある意味なんでも言うことを聞いてくれる日であるはずなのに、私はただ恥ずかしい目に遭っていないだろうか!?

そう思いながらもホームズの指から私の口にどんどんお菓子が運ばれてくる。
自動的に私は指を使わないようになるため、口を使ってクッキーをなるべく取りこぼさないように食べる。
すると当然の如く、口の周りがクッキーのかすで汚れてきた。





「シャーロック、口の周りが……ハンカチとかで拭きたいわ」
「ああ、本当だね。……そうだ」
「な、なに?」
「ハンカチじゃあ、もったいないよ」
「でも、他に何の方法が……」




ホームズが何かを思いついたようにハッとして、そして微笑んだ。
この顔はとんでもないことを思いついたかもしれない、と直感で嫌な予感がした。





「もっとダイレクトで、気持ちよくて、綺麗にできる方法があるじゃないか」
「えっ、じゃあどうすれば……」
「僕にも"それ"を味わわせてほしいな」
「……!!」





ついに、ホームズが言わんとしていることを悟ってしまった。
しかも彼は、それを私の口から言わせようとしている。
きっとそれをしてほしいと言うまではずっとこのままだろう。

ホームズが引くことはないって、とっくに知っているのだから。





「……お、お願い、キスして……綺麗にして?」
「そう、いい子だ」





私が顔を熱くさせながらお願いするとどうやら正解だったようで、
ニヤリと口角を上げたホームズに不覚にもときめいてしまった。
きっと私の顔は真っ赤に染まっていることだろう。

ホームズはずいっと顔を近づけると、舌を使って私の唇や口端を丁寧に舐めていく。
ほんの少し温かい舌触りに身を震わせながら、ただただそれを受け入れた。





「んっ……シャーロック……」
「ミレイ……甘いね、…」





薄々わかっていたが、"クッキーのかすを綺麗にする"というのは目的であって目的ではなく、
それはすぐに済んでしまって、ただ濃厚なキスをするための口実になっていた。

ホームズの舌は私の口をこじ開けて侵入してきて、口内を舐め回し私の舌と絡めようとする。
恥ずかしいと迷う暇すらなく、何も考えられなくなってぼうっとしたまま私も舌を絡ませた。

どんどん激しくなっていくキスに普通に座っていられなくなり、
ソファに倒れ込むもホームズは私に覆い被さったまま、止めることなくキスをし続けた。





「んんっ……っは、ん…」
「ミレイ……」
「んっ、……も、だめ……!」
「っはぁ……可愛いよ、ミレイ…」





すると突然遠くからガタンという物音がした。
驚いて心臓が飛び出しそうになったが、ホームズも覆い被さったまま後ろを振り返ると、
どうやらワトソンが帰ってきたようだった。

だが運よく、まだソファにいる私たちには気づいていないようで、ホームズは私の耳元で囁いた。





「このままじゃ惜しいから、次は夜におあずけにしようか」
「え?夜、って……」

「おかえり!ワトソン」
「え?あ、ただいま、ホームズにミレイ」
「あ、お、おかえりなさい……」





普段おかえりと迎えられることのほうが珍しいので、ワトソンは面食らっていた。
ホームズはすぐに私から体を離してしまったが、ふと目線が合うとまだ悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。

ああ、まだまだ名探偵とのお戯れは続くのだと恐ろしいながら、胸を高鳴らせてる自分がいたのだった。





後書き→
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ