シャーロック・ホームズ

□雨の午後
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221Bでのホームズとワトソンとの生活も慣れてきた雨の午後。
ホームズとワトソンはそれぞれ私用で外出しており、私は留守を頼まれていた。

さて、紅茶でも淹れてソファでゆっくりしようと思っていた時、玄関の扉をノックする音がした。
家主のどちらかが帰ってきたと思って扉を開けると、そこには見知らぬ人がいた。





「あの……どなたですか?」
「あー、お嬢ちゃん。初めて見る顔だな」
「っ、ど、どなたかと訊いてるんです」
「まぁ、いいや。家主はいるかな?」
「あ……すみません、現在は不在なんです」
「チッ……仕方ねぇ。また来る」





とても、とても人相の悪い男だった。
私が誰かと訊ねても聞きやしないし、言葉遣いも荒い。

ただ一つ幸いだったのは、家主が不在と言えばすぐに引き返してくれたこと。
ホームズもワトソンもいない状態で不安だったが、いたらいたでどうなったか想像すると恐ろしい。

気持ちを落ち着かせるためという理由も追加され、紅茶を淹れに中へ戻ろうとするとまた扉をノックする音がした。





「だ、誰ですか!」
「あぁ……麗しきお嬢さんよ、申し訳ないが、しばらく雨宿りさせてもらえないかね」
「あ、そ、そうですか。いいですよ。体がすごく濡れていらっしゃる……タオルでも持ってきましょうか?」
「ありがとうございます、なんと心の優しい……」





次に訪れたのは、白い髭がたくましく杖を持った老人だった。
この雨の中をやって来たらしく、体がびしょ濡れで床にどんどん水たまりができていく。

先ほどの男でなくてよかったとほっと息をつきながら、タオルを取りに行って再び玄関へ戻ってきた。





「どうぞ、お使いください」
「いやはや、タオルまでいただいて助かります。ついでと言ってはなんですが、拭くのを手伝ってくれませんかな?」
「え?ええ、構いませんよ」
「この雨の中来たもので、どうしようもないことになってしまってね」





礼儀正しいご老人ではあるが、初対面にしては距離が近いように感じた。
まあ一人で全部させるわけにはいかないと、服に染みた雨を絞ったり髭や髪の毛をタオルで拭いてあげたりした。





「ミレイさんは、これからどうする予定かね?」
「え……」
「どうかしましたかな?」
「ちょ、ちょっと待ってください。私と貴方、初対面ですよね……?どうして名前を、」
「……」





思わず手を止め、老人の眼を見ようとする。
だが髭以上にもさもさとした髪の毛に隠されて窺えない。

すると老人はくつくつと笑いだした。





「くっ、くく……」
「あ、あの!」
「思ったより気づかれないものだね。ミレイも気づかないとは」
「え……」
「僕の変装はプロ同然というわけだ。ふ、驚いているね」





今までの老人のしわがれた声はどこへやら。
語尾はハキハキとし、声音は凛としている。

そして服を脱ぎ、髭と髪の毛を取ったと思えば見知ったどころか毎日見ている人物が現れた。





「ホームズ、さん……!?」
「騙すようなことをしてすまないね。本当にこの変装で悪党どもを騙せるか、試してみたんだ」
「!……」
「安心してくれ。さっきの不届き者は追い返した」
「不届き、……あっ!あの人、」
「アイツの目的は僕だ。それなのにこれ以上ミレイに手を出されたら困るからね」
「そ、そうですか……」





目の前に突如として現れた同居人、シャーロック・ホームズは饒舌に語り続けるが、
私は開いた口が塞がらなかった。





「さあ、ミレイも早く中に入って」
「は、はい」





ホームズに背中を押され、半ば強制的に部屋へと戻った。

部屋に入るとホームズは少し中を見回した後、ソファに変装道具だった髭、ウィッグ、服、杖などを放り投げた。
そして専用の場所である安楽椅子に座ってゆらゆらと揺蕩う。





「ミレイ、紅茶でも飲もうと思ってたのかい?」
「えっ、そうですよ、よくわかりましたね」
「これぐらいなら君でもわかるさ。少し茶葉の香りがしていたからね」
「ホームズさんは、本当に感覚が鋭いですね。……それにしても、今日はやけにご機嫌ですね?」
「ふふ、収穫があったからね。それに……」
「それに?」




紅茶を淹れる準備をしながらホームズの話を聞いていると、
最後に少し沈黙があったため、気になってホームズのほうを振り返った。





「ミレイが僕の髪の毛や服を拭いてくれたからね」
「っ!そ、それは、おじいさんの指示ですから……!」
「おや、先にミレイがタオルを持って来たんだよ?」
「うう……」




確かにそうだ、と両手で顔を覆う。
その後ろでよく通る声が私の耳に届いた。





「ミレイ、もう一つティーカップを用意してくれないか」





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