シャーロック・ホームズ

□惑わし惑わされ
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「う〜ん……」





221Bで唯一響くのは、私の唸る声。
部屋にはいつも通り私、ホームズ、ワトソンがいるが、ワトソンは本を読んで私の声に聞こえないフリをしている。

ただそれは意地悪をしているのではなく……、





「どうしたの?ミレイ」
「あ、ホームズ。あのね、この問題なんだけどね……」





ホームズが私を放っておかないことを見越しているからだ。

そもそも何をしているのかというと、部屋の机に教科書とノートを広げて問題を解いていたのだ。
特に私は理系が苦手なため、まるで呪文のような問題文に唸っていたわけである。





「もう全然わからなくて。教えてほしいの」
「こんなのお安い御用さ。そうだね、どこから解説しようか……」





ホームズは立っていて、一つしかない椅子に座る私。
問題そっちのけでホームズはどうするのかを観察していると――。





「っ、ホームズ……?」
「このほうがやりやすいからね。いいかい?ちゃんと見ておくんだよ」
「え、ええ……」
「僕だと頭の中で全て整理するが、ミレイはメモしたほうがいいだろう。まずは……」





ホームズは私の後ろから椅子越しに覆い被さるようにして立った。
彼は私の両肩越しに腕を伸ばし、ノートにペンで書き込む。
すると自然に彼の顔が私の顔と並ぶように近づき、解説する声は吐息と共に耳に入ってきた。

まるで後ろから抱きしめられているような状況に、問題なんて目に入らなかった。





「…………」
「で……、……聞いてるかい?ミレイ」
「……へっ!?あ、ごめんなさい……」
「ふふ、緊張してるの?」
「だ、だって……こんなに近い……」
「不思議なことを言うね。いつもこれくらいじゃないか」
「それとこれとは別……!」





ホームズの吐息に限らず、ふわふわとした髪の毛が、すべすべした頬が……彼が動くたびに近づいては離れてを繰り返す。
ついにはほんのりと香る彼の匂いに、椅子から倒れてしまいそうになった。

すると、彼がこっそりこんなことを囁いた。





「ミレイ……キスしたくなってきた」
「えっ……!ま、待って、ワトソンがいるわ……!」
「この際、見せつけてやればいい」
「そんなの……!」
「君はさっきから僕にばかり集中しているけれど、僕もこれで必死に抑えているんだ。あまり惑わせないでくれ」





にやりと妖艶な笑みを浮かべながら、わざと責めるように話す。
これでホームズからのキスを許してしまいそうになるのが恋の病というものだ。





「……はあ、また部屋を出なきゃいけないかなぁ……」





問題なんてそっちのけの二人を遠目に、何度目かわからないため息をつくワトソンなのだった。



〜終〜

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