Sweet dreams-DGS

□逆転の秘薬
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「ミレイさま!お帰りなさいませ」
「ただいま。あの、バロックさま今はお取込み中でしょうか……?」
「ああ……ミレイさまが外出なさってから、自室から出入りした様子や報告は聞いておりません」
「そうですか……でも、お仕事中だったら申し訳ない気が……」
「なら、私と共に参りましょうか?」





屋敷へ戻ると、私が帰ってくる頃合いを見計らっていたかのようにメイドが待ってくれていた。
しかも、バロックの仕事の邪魔にならないかというただの気遣いにも付き合ってくれて。

屋敷の真ん中に堂々と佇む階段を上り、右に曲がるのを二回繰り返して自室の扉の前まで来た。
メイドが私に代わってドアをノックして来訪を伝えた。





「主。ミレイさまがお帰りになられました」
「!わざわざ迎えに?」
「いいえ、そうとも言えますが……ミレイさまが主の仕事の邪魔をしたくなかったそうで」
「……まったく……」





メイドの説明を聞いたバロックは、彼女の影に隠れるようにしていた私を"困った人だ"とでも言うような表情をしていた。
私をこのようにさせたのは、彼の仕事の邪魔にならないようにということだけでなく、これから伝えんとしていることにもあるかもしれない。

メイドは説明をするとすぐに立ち退き、私はひとまず自室に入ることにした。





「そなたは自由の身であるというのに……」
「えへへ、なんというか、その……」
「……まあいい。それで、探偵の暇つぶしにはなったのか?」
「とても満足されたみたいです。気を良くして、バイオリンのミニ演奏会も開きましたし」
「……その前に、何かあったのだろうか」





思わず体が小さく跳ねた。
検事という仕事柄なのか、ひどく頭の回転が速く察しの良いバロックには隠し事はできない。

たとえ今気づかなかったとはいえ、いずれ話さざるを得なくなるだろう。





「非常に言いにくいのですが……ホームズさんが退屈過ぎて、これをお作りになられたと」
「……怪しいな」
「私もそう思いました……。その、私に試してほしいらしくて。効能は……」
「……効能は?」
「……こ、興奮する、らしいのです……その、いろんな意味で」





ホームズはさらっと言っていたから怪しいと思いつつ聞いていたものの、いざ自分で言うと恥ずかしいったらない。
それに、言葉を紡ぎ出すたびに体中に熱が溜まっていくし、バロックがわざと私に言わせている気もしてきた。

ああ、この部屋でもいいから角に蹲りたい。





「何か……他に言っていたか」
「……あ、バロックさまにも影響がある、と」
「……」
「つ、付き合ってくれますか……?」





バロックは真剣に考え込んでいた。
しかし、そこまで考える必要は無いと思うのだ。





「……そなたが言うのなら。付き合ってやらなくもない」
「!……な、なんだか、申し訳ありません……」
「謝る必要はない。何せ……少々期待している部分もあるのでね」
「……?」





会話は含みのあるバロックの笑みで断ち切られ、私の胸の中だけに余韻が残ったまま夜を迎えることとなった。

まだお互いに寝間着に着替えず、普段着のまま寝室に落ち着いた。
サイドテーブルには相変わらず二人分の聖杯が置かれており、ただ一ついつもと違うのは、私の分の聖杯の傍らに小瓶があることだった。





「初めての被験者なので……どうなるかわかりませんが、頑張って、受け止めてくださいね?」
「……いくらでも」





飲む量によってどれほど効果が続くかが変わるのはわかっていたので、量だけは注意して飲み込んだ。
小瓶にはまだ液体がたくさん入っている。
私が飲んだ量は、本当に何分の一にしか値しないのだろう。

飲んだ後、一分も経たないうちに体に変化が現れた。
体とは言えど、それは心とも連帯している感覚があった。

何かが、地底から這い上がってくる。
それは何かから追われる感覚にも似ており、冷や汗が同時に出てきた。
靄がかかっていたそれは、次第に形あるものではなく、感情に成っていった。





「……バロック、さま……服を、脱いでください。私に、脱がさせてください……」
「!……」





今の私も、当然混乱していた。
バロックもいつもと全く違う私の行動を、受け入れるか受け入れまいか迷うところだろう。
しかし彼は意外とすぐに、自分の上着に私の手をかけさせた。

私はそれを承諾と受け取り、少しずつ露わにさせていく。

彼は私の行動に一切手を出さず、ただされるがままにしていた。
身長の高い彼の上着を肩から脱がせるのも、背伸びをして全ておこなった。
この一連の流れを彼は目を開いたままずっと見ていたものだから、ときどき目が合ってその瞼を閉じさせたくなった。





「……ミレイ、」
「まだ……収まりそうに、ありません……。いいですよね?」
「望みとあらば……」





主語のない、ただ一つの見えない前提の会話。
たとえその前提が違ったとしても、バロックが許容しているのには変わりない。

上着を脱がせた後はシャツだけの状態になり、上着はソファの背もたれに掛けてやった。
しかし薬の効果は留まるところを知らず、ましてや地底から這ってくる感情は深く、そして濃くなるばかりだ。

しかし、私はシャツを脱がせることはしなかった。
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